〇六八
「すまないな。巻き込んでしまって」
黒スーツは既に脱いでいる。が、男のシャツも真っ黒だった。男は弁明するように言う。
「私は――」
また銃声が響いた。薄緑色の膜が、弾丸をやわらかく跳ね返す。
この膜は、いわゆる科学兵器のひとつなのだそうだ。弾丸程度の衝撃なら、膜の中にあるものを保護することができる。
そう、弾丸程度なら。
白いブレザーの女が、ライフルを構えた。肘を地面につけ、片手をのばす。慎重に引き金を引く。すると跳ねるような音がして、弾が膜の内側から飛び出て行った。
この膜の保護は、一歩通行のもので、内側からの衝撃はそのまま通してしまうようだ。
しばらくすると、誰かの叫び声が届いた。彼女は「命中」と呟く。
なにをしているのか分かった。これは。
ここを逃げないと、そう脳を占めていった。だが男に肩をしっかりと抱えられていて、到底逃げることはできない。それに今膜を出て行くと、弾丸が僕を打ち抜いてしまうそうだ。
「組織」
女が、蔑むように口を開いた。
「事象に関わってしまったのだから、真実を知らないといけないのよ」
当然の事実を相手に伝えるのは、意外と難しいものである。例えば、「1+1=2」を知らずに半世紀生きた人間に、それを説明するのは難しい。そんなものなくとも、生きてこれたからだ。生きていくうえで、そんなこと、脳の片隅にも存在しなかったからだ。
「世の中には、『表』と『裏』があるのよ」
表裏がある。一枚の紙切れのように。
「『表』と『裏』は密接に支えあっているのよ。だけど、互いにその存在と関わろうとしないのよ。紙の表裏のように、向き合えないから」
だけど、互いにその存在を知ってはいる。
「いいえ。『裏』は『表』を知っているけど、『表』は『裏』を知らないのよ。例えば資料の片面コピー。資料の書かれている『表』はそれだけで機能できるけど、『裏』にはなにも書かれていないから、機能するには『表』が必要になるのよ」
この世界は、片面コピー。両面コピーではなく、「表」と「裏」のある世界。
「私たちは、『裏』の人間」
彼女がまた引き金を引いた。