〇六五
さきほどの二人が、母親と話しこんでいた。
母親は終始笑顔である。それが繕いものであるのか、真のものであるのかは分からないが、なぜああも笑えるのだろう。
「あら、そうなんですか」
母親がまた相槌を打った。
人の会話を盗み聞く趣味はないので、僕は彼らを横目で眺めながらも気にせず、ゲームをしていた。立体モニターの中で、ジェット機が飛ぶ。
ほどなくして、彼らは帰っていった。
彼らを玄関先で見送り、ドアを閉めたとたんに「ああ忙しい」と漏らす。
日が暮れかけていた。
今日はなにもしなかったなぁと、ゲームをしつつ窓を眺めそう思う。
友達と遊ぼうかなぁ。連絡とれるかなぁ。きっともう、会わないんだろうなぁ。
「先ほどの人たち、挽磨高校の近くに住んでいるそうよ」
挽磨高校。
僕が今度の春から、通うことになる高校だ。ここから車で三時間かかるほど遠くの、ある都会にある高校だ。
僕は高校から、独り暮らしをするのだ。
それは僕の強い希望だった。都会で暮らしてみたい。そう懇願した。父親は少々は承諾してくれたけど、母親は……まだ、許してくれていない。
日本の受験システムとして、僕は今、三つの高校を選ぶことができる。そのうちの二つは、ここから自転車で三十分とかからないところにある。そして残りの一つが、挽磨高校だ。三月に入るまでに、その三つから一つを選択し、希望書を教育院に送らないといけない。その三つの高校はランダムに選ばれたのではなく、中学での僕の成績からコンピュータが析出し、その中から僕が絞った三校だ。三校選んだは選んだけど、僕は最初から、都会に行くつもりだった。なんだか田舎にいるのが嫌だった。なんとなく背伸びしてみたかった。ニュースでしか知らない都会を、この目で体験してみたいと思っていた。
今日は二月二十三日。締め切りまで、あと五日ある。
ちなみに、期限を守れなかった場合、コンピュータが勝手に選んでしまうらしい。
それは嫌だ。
そのためには母親を説得しないと……。
そうだ、さっきの二人に、都会について、いろいろと話を聞いてみよう。あれ、もしかしてもう都会へ帰ったのかな。まだここにいるのかな。




