表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/100

〇六四

 そろそろ家に帰ろうと思った。

 なにもすることはないけれど、なにもしたいことはないけれど、ここは少し肌寒かった。暖のあるところへ帰ろう。あたたかいところへ帰ろう。

 倒していた上半身を、起き上がらせたときのことだった。

 視界の奥に、一組の男女がいた。男は黒地のスーツに、黒いハットを被っている。紳士という言葉が似合いそうだった。女はというと、白い服を着ている。まるでオセロの二枚の駒だ。

 彼らは木を眺めていた。さも物珍しそうに。

 視界の奥、それは家の方向でもあったので、僕は起き上がって、彼らに近づいてみた。この森には、あまり人は近寄らないのだ。特に資源があるわけでもない。

「おや、ここの方ですか」

 紳士が、僕に声をかけた。紳士の髪は黒い。

 長い髪を鬱陶しく想いながらも、僕は答える。ただ「はい」とだけ。

「ここは……素晴らしいところですね」

 うっとりとした表情で、彼はそう言った。さぞ自然に恵まれなかったのだろう。木に囲まれたこの森に、感動しているのだ。この森にはなにもないというのに。

 僕がなにも答えなかったので、彼らも僕を引き止めることはやめて、また草木に目を移した。都会には、そんなにも木が少ないのだろうか。

 僕はそのまま、家へと帰った。ここは寒い。

 家に帰ると、両親がいた。父親は家で仕事をしているので、いつものことなのだが。

「ただいま」

 玄関で靴を脱ぐ。それが古き良き日本の風習なのだそうだ。肌身で床を感じることが、日本意識の根底にあるのだそうだ。母親がそうよく言っている。

「おかえりなさい」

 着物姿の母親が、いそがしそうに洗濯物を抱えながら、そう返事をした。「ただいま」と「おかえり」も、日本特有のものではないにしても、古来から伝わる大事な風習だ。

 母親は、職業としては無職、あるいは主婦ということになっている。が、母親は、ずいぶんと歴史に偏った人間だ。専門とするのが、旧日本の民衆文化。

「ほらお父さん。息子が帰ってきましたよ」

 西洋製の白シャツを着た父親は、小型モニターでニュースを読みながらも、しぶしぶながら「おかえり」と呟く。いつもの、我が家だ。

 畳の上に、足を載せる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ