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〇六三

 風が髪をなじっていた。木の枝木の葉から漏れる光も、髪をなじる。

 そろそろ切りなよ、きっとそう言っているのだろう。

 中学校を昨日、卒業した。

 涙を隠すよう伸びた髪は、赤くなった目の周りを、ちゃんと隠していたのだろうか。

 結局最後まであの子に想いを伝えることはできなかったし、結局最後まであいつとは喧嘩ばかりだった。結局最後まで担任とはぎこちなくて、結局最後まで僕は、僕は大人になれなかったんだ。

 やわらかい地面が、僕の背中をふわりと(いだ)く。細かな草が、人肌の毛のようで、なんだか心地よかった。

 夢のような卒業式。もう振り向かない打ち上げの晩餐。

 そういえばあの子は、遅れて打ち上げにやってきた。なかなか見れないあの子の私服は、なんというか、質素で素敵だった。

 まだちょっと寒い。

 桜はまだ咲いてない。ただ日差しを遮る木は、桜の木ではない。遮るといっても、たくさん漏れてきてはいるのだけど。

 入学式の日のことを、鮮明に思い出す。つい昨日のことのようだ。だというのに、昨日の打ち上げのことは、昨日の卒業式のことは、もう太古の昔になっている。

 僕の中学校生活は、あっという間に、とても時間をかけて終わった。

 僕は薄い上着を羽織って、朝早くから家を抜け出して、この森に来ていた。小学生のころは、よくここで遊んでいたものだ。夏休みにはカブトムシを捕って、冬休みには雪だるまを作る。

 都会から離れたところにあるこの町には、まだたくさんの自然が残っている。鳥が歌う。風は草花を揺らす。僕は木の根元の地面に、仰向けになって上を眺めていた。僕の目が捉える、枠組みに嵌った限りない世界。

 髪が視界に入る。でもそれも、僕。それも視界(ここ)のもの。

 太陽は結構高いところにまで昇っていた。もう何時になっただろう。

 今日は木曜日。本当なら、今頃学校で授業を受けているはずなんだ。きっと、一年生二年生は、実際今そうしているんだろうな。もう一生、帰ることのできない部屋きょうしつ。そこは今頃空っぽで、もう誰もいなくて。後輩たちが寂しくも、誰もいないそこを眺めてくれたら。

 髪を切らないと、そう思った。

 でも二月に切ったら、寒くて風邪ひいたりしないかな。

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