〇六〇
徐々に視界が開けていった。
一睡もできなかった。全くもってして、曖昧な夢である。リアリズムに徹した夢だった。いかにも正夢が起こりそうな、恐ろしい夢だ。
だが思い返してみれば、つい何日か前に、これと似たような夢を見た覚えがある。あれときは確か、組織の仕事で毒を管理していた。いや、毒ではなかったのだっけ。ただ厳密に違うことといえば、数日前のは自殺の夢で、たった今の夢は、殺された夢だったということだ。
目を抉られた。鋭利なナイフが近づく様は、さして怖いものではなかった。怖いと思う余裕も時間もない。目の前に現れたと思ったら、それを確認する前に視界は壊れてしまっているのである。
目をこすってみる。なんの支障もなくこすれた。手が目を軽く圧迫する。
安心した。あまりにリアルな夢は、起床したとき起きたという認識が欠如する。あまりに突飛な内容だったから夢だと認識することはできたものの、起きたという感覚は全くなかった。まるでずっと意志を繋いだまま目を瞑っていて、自分の意志で目を開けたかのようだ。
だがすぐに私は、絶句した。自分の手には、乾いた血がついていた。
脳裏をナイフが刺した。それは物理的なものではなく、「情報体」の記憶作用――私は、体を起こした。
その部屋の壁は、ところどころ赤黒くなっていた。水玉模様というわけではなく、なんというべきか、水模様。その部屋が内包している人間は、全部で四つあった。
一つは私。
一つは彼女。小奇麗に着飾ってはいるが、肝心の首から上がない。自慢の黒髪はどこに行ったのかと思えば、ベッド下の隅、私のすぐ近くにあった。
一つは老婆。私と足を向け合うようにして、口元を血で汚して眠っていた。生まれたばかりの赤ん坊のように、すやすやと。天に召される。
そして一つが、年老いた男。彼女の祖父だ。彼は立っていた。両の足で体を支えていた。私も彼女も老婆も、横たわっていたというのに、彼だけは、立っていた。いや、それは単に、立っていたというだけで、結局、縦たわっていた。血の涙は、既に乾いている。頬がこける。ほんの少しでも力が加われば、倒れてしまうだろう。この部屋を見たことによるショックで、心臓でも止まったのだろう。
夢ではなかった。そんなの、確かめるまでもなく分かりきっていた。それでも、夢のような気分だった。