〇〇六
「おはよう」
彼女はそう言った。腕を組んでいる。彼女の大きな胸が、息苦しそうに腕に収まっていた。ああ、早く報酬が欲しい。仕事を完了させるには、男から受け取った紙切れに書かれているだろう指示を実行し、毒を誰かに渡さなければならない。だというのに、なぜもう彼女が来たというのだろう。
「メッセージは読んでくれたかしら」
彼女と空間を共有している間は、私は言葉を発してはいけない。空間に乱れができてしまうからだ。そうするとたちまちこの空間は壊れてしまい、私の仕事はおじゃんになる。報酬を受け取る最中に空間が壊れでもしたら、それこそ人生の終わりだ。まだ高校二年生だというのに、その段階で人生を破綻させるのはよろしくない。そもそも、人生の破綻自体がよろしくない。
私は右手に握っていた紙切れを見る。ポケットに入れたりすると、第三者に、手になにか持っていることが知られてしまう。だから駅から学校までくるまで、ずっと手の平に納めていたのだ。
そこには、「お仕事お疲れさま」と書かれていた。手書きで、だ。
「あなたに預けた粉は、実は偽物だったのよ。ごめんね騙しちゃって。組織の事情だから」
そうか。なるほど。毒を誰かに渡すのが仕事なのではなく、一晩毒を保管しておくことが仕事だったわけだ。おそらく、科学的な実験だろう。内容は分からないが、毒――彼女が言うには、偽物の毒――を一晩持っていた私に、どんな作用があるのか見ていたのだろう。私は知らずのうちに、被験者になっていたのだ。
「昨夜は、怖い夢を見たでしょう。あの粉は毒ではなくて、情報を直接人の脳に送るものだったの。まだ開発段階だけど、あなたのおかげで十分な資料が集まったわ。副作用で頭痛が起こるみたいだけどね」
騙さないと心理テストがうまくいかないように、この実験も、毒だと偽っておかないといけなかったのだろう。組織のメンバーとして、被験者になったことに文句を言うわけにもいかない。とりあえず、これで仕事は完了したわけだ。
ということは、やっと待望の報酬である。私の性器が敏感になっていくのを感じる。食欲と共に、性欲も盛りの時期だ。私は彼女に近づいた。その間に、彼女は服を脱ぐ。
報酬が終わってから、完全に匂いなどの痕跡が消えるまで、私と彼女はおしゃべりをしていた。おしゃべりというべきではないだろうが。彼女の言葉を私が聞く。その一方通行なのだから。
彼女が口を閉ざしているときは、時計が時を刻む音が、妙にはっきりと響いていた。