〇五九
私はめった刺しにされた。まず胸をやられた。右側の胸だ。肋骨が砕け、肺が抉れる。想像していたよりも、老婆の力は強かった。あるいは、ナイフの痛みか。蛇口を捻ったような血が、外界に流れ込む。次にナイフは腹を刺した。二度刺した。一度目は掠るように刺した。臍が取れた気がした。二度目は深く刺した。腸が拝めるかもしれない、そう思った。
それでも私が目を見開いているもんだから、老婆は私の両目玉を抉り取った。なるほど、盲目とはこんな感覚なのか。それはただなにも見えないだけのことではなかった。外界から隔離された気分だった。
だが痛みは続く。私の血が、内臓が、外界にいざ進出しようとしていた。部屋が赤黒く模様替えしているかもしれない。目がないと確認はできなかった。この部屋は、私の血肉にまみれ、もはや私の体内と言ってしまってもいい気がした。
額が割れた。おそらく本当に割れた。熱いものが、鼻の上を流れる。
「あんたのせいで、あんたのせいで、あんたのせいで」
呪詛のような言葉が、延々と脳内で喚き散らしていた。その声は老婆のようでもあり、半世紀を生きたぐらいの着物を着た人のようでもあり、自分の首を絞めている女子高生のようでもあった。
視覚を失っても、人間には聴覚、味覚、嗅覚、触覚がある。外界から隔絶されたようでいて、実はまだ、人間として生きることはできるのだ。
その感覚は、律儀にも脳まで送り届けられる。脳がその感覚を具現化し、私の中に「情報体」を生成する。「あんたのせいで、あんたのせいで」と繰り返す声は、ふと思えば聴覚によるものではなかった。
私の耳は切り落とされていた。いつの間に、そう疑問を持つ必要性も感じない。蝸牛はとうに殺されたらしい。なら、この声はどこから。
考えるまでもなかった。その声は、老婆のものでも、母親のものでも、恋人のものでもなかった。私のものだった。
「あんたのせいで、あんたのせいで」
私は「あんた」という二人称を使わない。だがこの声は、聞けば聞くほど、私の声だった。
不思議なことに、私の口は未だに動いた。誰かが私の体を乗っ取ってでもいるように、私の口は動く。そうか、この言葉は、今実際に、私が口から発しているものなのだ。耳がそれを感じとれなくても、脳が具現化する。
左の胸に痛みが刺さった。




