〇五八
いつの間にか酒に飲まれて眠ってしまっていた。娘と恋人さんは、あの後どうしただろうか。まさか夜と共に……いいやまだ高校生だというのに、まさかそんな。
おそらく、彼女の保護者は今朝、こんなことを考えていたのだろう。そうしてドアを開けた。私が、昨晩の記憶を一気に取り戻して、体をじっと止めていたとき。
彼らはそりゃあ驚いた。「まさかそんな」が、現実に起こっていたのだから。自分たちの孫娘と、その彼氏が、夜を共に過ごしていたのだから。だがそれだけであるのなら、私が誠心誠意、娘さんをくださいとでも言ってしまえばよかった。だが現実は、「まさかそんな」をはるかに凌駕していた。
まるで死んでいるように、眠っている。――きっと二人は、そう考えたはずだ。最初は、最初は。
彼らは、ひとまず私を脇に放置しておいて、彼女の様子をたしかめる。肩に、そっと手を置く、と。
ぽろり、と。
奇妙な朽ち方をする椿のように、彼女の頭は落ちていった。
今になってようやく、私は気付いた。彼女は、首をくくっていたのだ。窓枠からロープを垂らして、それで首を絞めつけていたのだ。それがぐんぐん首を侵していって、あげくには、そう今には、首を切断してししまっていたのだ。
毒を飲んだのに、なぜ。
毒――私は、なぜ死んでいない。毒を飲んだのになぜ死んでいない。毒を飲んだ彼女は、なぜ毒とは関係のない方法で死んでいる。なぜ。なぜ。
私は依然と放置されたまま。彼女の保護者は、暗い部屋から出て行った。男はゆっくりと、女は慌しく。二人とも絶望を担いで。重たいそれは、老人にはさぞ辛かったことだろう。足腰が痛む。悼む。
彼女の頭がベッドから落ちる。ころころと。想いが移り変わっていく、青春の渦中にいる高校生のように。
一人、二人、そして三人。その前の日には二人。その前の日にも、二人。私は一気に見すぎた。人の死を。人の人生のはかなさを。どうせ人は死ぬ。ならいっそのこと、私も死んでしまおうか。そうだ、昨晩は死ぬつもりだったのだ。今よりも強く、共にいく人がいたのだし。だが今は、結局私は独りぼっちだ。一週間ほど前までの、いわば「陰キャラ」に逆戻りだ。私の居場所はここにはない。どこにもない。
開いたままのドアが、ほんの少しだけ揺れた。それがどれほど微弱なものであっても、物体を動かすにはエネルギーがいる。そこには老婆がいた。ナイフを持っていた。