〇五七
粘土で作られた家は、踏みつけてしまえば壊れる。レンガで造られた家は、ダイナマイト一つあれば事足りる。では、壊れない家を創るには、なにを材料にすればいいのだろうか。
もう夜になっていた。月の光は、太陽とは違った意味のつめたさがある。
私は未だに、電車に揺られていた。いつまでも環り続ける電車は、私を降ろそうとしない。私に目をくれることもなく、ただ客を乗せ、客を降ろす。運賃はお忘れなく。
車窓から映える景色は、全く目に入ってこなかった。きっと入ってはいるのだろうが、それを脳が受け付けなかった。だって今、脳は忙しいのだから。
朝の薄暗さでは、あの部屋は桃色には見えなかった。そんなところで毎朝起き、生活をスタートさせていたのかと思うと、彼女の人間味の薄さが滲み出る。
「あの……お客様。申し訳ありませんが、ここで終着でございます」
駅員が、やっと私に声をかけてきた。私はようやく、邪魔者になったのだ。誰かに作用を起こす、生きている者になることができたのだ。
私は電車を降りた。知らない駅ではなかった。環状線なのだから、遠くへ行くということもない。ずっと円を描き、されど螺旋に惑うことなく。
そうだ、いっそのこと、空気で家を創ってみてはどうだろうか。壊すもなにも、壊す対象が限りなくない。そんな状況の中でも、家は壊れてしまうものなのだろうか。主人を失えば、あの家のように。
私の体は、まだ再生の最中だった。十時間以上もじっとしていたというのに、人間の治癒能力は低い。どこもかしこも穴だらけだ。
電車から降りても、脳は忙しい。もう休めばいいのに。止まってしまえばいいのに。
分厚いコートは、暑い。
改札を出たところは、されど見覚えのないところだった。駅名を知っていても、降りたことがなければ、知らないも同じことである。
どこへ行こうとも思わない。家へ帰ろうとも思わない。どうせもう学校へは行けないのだし、行かないのだし。組織を信じることもできない。反組織団体は尚更だ。唯一人間味のありそうなニルも、着物女と担任の体を抱えて、どこかへ消えていってしまった。私に別れを告げることもせず。お前のことなんてもとから知らないと、しらを切られたように。でもそんなこと、どうでもよかった。
まだ脳内は忙しい。電車内ならよかったが、このままでは、まわりが見えずに轢かれてしまいそうである。別にどうでもいいのだが。
電車に乗る前、今朝、早朝のこと。彼女の保護者が、部屋のドアを開けた。