〇五六
朝がやってきた。
太陽の日差しには、月とは違った意味のあたたかさがある。それが朝を知らせてくれた。自由を象徴する鳥の歌は、でも聞こえない。
曖昧な感覚の中、霞んだあたりを見回した。
……見覚えのない場所だ。混濁とした意識のまま、私はまた目を瞑る。激痛が頭を走った。つい頭を抱くように掴む。
出口はどこだろう。ここを早く出なくちゃ。
這うように、ベッドから落ちる。ドアは簡単に見つかった。隠れることなく、ドアノブを突き出して佇んでいる。
這って、行く。
熊のぬいぐるみを踏んだ。体勢を崩す。私も、熊も。
起き上がる。眩暈はしないが、どうも、視界に靄がかかっているようだ。まるでガラスが眼を覆ってでもいるように。
ここはどこだろう。
なぜ私はここにいるのだろう。
どうして。
振り返るな。そんな声が聞こえた気がした。頭の中で、響くような、奥まった声。それが幻聴だと気付くにも、その内容を吟味するにも、私の頭は弱りすぎていた。私は振り向く。
そこには女の子がいた。
山頂に降り積もる雪のように白かった。緑を覆う雪。倒れることも立ち上がることもなく、女の子は壁に背中を預ける。首はだらんと力がなくて、腕も脚も人形のよう。
女の子の顔を覆うように、太陽の光が窓から差し込む。暗い部屋に差す光は、絹のように白かった。
罠かもしれない。そう思うこともできなかった。私はまた這って、ベッドのほうへと行く。女の子も、私と同じようにここに連れられてきたのかもしれない。連れられてきたのかどうかも定かではない記憶のなか、私は女の子に希望を抱く。
日を向く蚕のように。
女の子の、眠っている顔を覗きこんだ。本当に白い。白い粉を塗ったような、おかしな白さ。純白ともまた違った、悪を知らない白。到底こんな世界じゃあ生きていけない白。いわば天使。でもちょっと臭かった。
――私は電車に揺られていた。どうやってここまで来たのかは、覚えていない。




