〇五三
毒を飲んで死のう。
そう決断が下りるまでは、そう時間はかからなかった。難しい解法でもない。ただ、この真実には耐えられない。ゆえに死ぬ。それだけだ。
ここは、恋人の家。二階の、恋人の部屋。
彼女は、付き合い始めたその日の内に、恋人ができたと、保護者に自慢していたそうだ。自慢というよりも、報告、吉報というべきか。だからというべきか、保護者からは手厚い歓迎を受けた。あれこれとデリカシーのないことを尋ねられたり、未成年ではあるが酒を勧められたりもした。酒はさすがに断ったが。いや、保護者の二人は、私を大学生だと勘違いしていたようだが。
彼女の両親は、二年ほど前に殺されたそうだ。仕事の出張先で、事件に巻き込まれたそうだ。二人は同じ会社での共働き、と彼女は聞かされていたそうだ。
だから、彼女の今の保護者は、彼女の父方の祖父母だ。両親が生きていたころから、孫をとても可愛がり、頻繁に会っていたそうだ。
彼女は毒を持っていた。反組織団体に入るとき、全員に渡されるそうだ。まるで戒律のように、それを大事に持っておかなくてはならない。まるで宗教団体だ。そういうと彼女は悲しそうな顔で怒り出したが、端から見ると、実際にそうだ。
だが今は、その存在があるのだから、行動に移ることができると、むしろ感謝すべきなのかもしれない。私たちは、もう死ぬのだ。
彼女の部屋は、あまり女の子らしいとはいえなかった。桃色のベッドや、熊のぬいぐるみで飾ってはあるが、この部屋には、明らかな死の臭いがする。きっとどこかに銃器が隠されている。この毒のように。
彼女が、二つのコップに、オレンジジュースを注いだ。柑橘系の匂いが、死の臭いを一層強くする。天国に生るオレンジの木。
粉状の毒を、お互い、相手のコップに入れた。自殺するのではなく、両殺しよう。相殺するわけでもない。二人で二人を殺し合い、二人で自分の首をしめよう。相手のために、自分から死のう。二人して。
彼女の祖父母は、結局私たちの決断に気付きはしなかった。ただ酒を盛り、今はぐっすりと階下で眠っている。
私たちは桃色のベッドに腰を下ろした。窓から差し込む月の光は、されど冷たい。
着物の女、結局あの女は、私たちと無理心中したようなものだ。それが自身の意志によるものでなくとも。私たちは、あんな真実を前にして、生きていられるほど強くない。だってまだ、高校生なのだから。