〇五一
「おやおや。その目つきはなんだ。これから、一騒ぎ起こそうっていうのか。お前のような小僧に、一体なにができるというのか」
私は睨む。それしかできないから。
「ああ分かった。お前、自分が無力だから、睨むことしかできない、そういうことだろう」
胸の浅いところから空気を刻むように、女は笑う。
笑い、嗤う。
「お前の恋人は、組織の敵だったんだぜ」
繰り返すように、彼女は声を荒げる。人の絶望を欲している。人の滅亡を望んでいる。
「だから、なんだ」
私は言う。思ったよりも、ずっと強い口調だった。睨む、目が痛い。
AF-117と精神リンクしていた人間、つまり本体の人間は、私のすぐ近くにいた。ただそれだけの話だ。微笑ましいことだ。私が愛した女は、これまでもこれからもたったの一人だったということだ。私を愛してくれた女子は、これまでもこれからも一人だったということだ。喜ばしい話じゃないか。最高にハッピーなオチじゃないか。
「わたしは、敵対の人であっても、好き」
恋人が、同調する。二人はパートナーだ。これまでも、これからも。
着物が揺れる。未だに血がぽたぽたと。血溜まりには、彼女の嗤い顔が浮かんでいた。もう母親を偽らない。生粋な彼女の素顔。それはあまりにも、悪魔と酷似していた。悪魔を見たことはないが。
「それは、本心からの言葉か」
喉を震わせながら、女は恋人に問う。どうにかして笑いを堪えているようだ。そうでもしないと、言葉も発せられないと。
神妙に彼女は頷いた。ぬめっとした血液が、彼女の髪先から零れ、鼠色の服に落ちる。
そして女は笑い転げた。嗤い転げた。腹を抱えて、もう我慢しない。
講堂を、奇音が響く。
「教えてやるよ」
ひとしきり嗤った後、彼女はそう言い放った。ナイフのように、冷たい声で。
「反組織団体の――真実を」
血溜まりの上に、恋人の書いた手紙が浮かぶ。血をたくさん吸っているが、紙の質の関係上、破けたりはしないようだ。それが力なく浮かぶ。着物から覗く足は、それに触れずに血を踏みつけている。
そして彼女は語り始めた、私と恋人は、それを聞いて失望する。