〇〇五
私のような底辺に流れ込んできた仕事ということは、それほど重要な仕事ではないということである。失敗したとしても、組織に悪影響が及ぶことはないのだろう。そう思うと少し気が楽になる。
あの夢はほぼ全てが偽りだったが、たったのひとつだけ、真実が混ざっていた。それは、毒の粉のことだ。あの女から預かった毒のことだ。毒は今、私の鞄の中の、筆箱の中の、小袋の中にある。見た目としては、紫の粉だ。紫色のチョークを粉々に砕いたようにも見える。だがそれは、致死量を超える猛毒。これを、ある男に渡さなければならない。男の容姿は聞いていない。
「あの、すいません。南公園はどこにありますか」
会社員らしき人が、改札を出たときそう話しかけてきた。眼鏡をかけている。
「南公園ですか? ……すいません。分かりません」
私は、教えられた通りの合言葉を言う。一字一句、間違えることなく。男は「そうですか……」とだけ言って去っていく。そのとき、ちょうど男からハンカチが落ちた。
「あ、落ちましたよ」
私はハンカチを拾い上げ、男に差し出す。男が「ありがとうございます」と言いながらハンカチを受け取る。ハンカチの間に挟まっていた紙切れだけが、私の手の平に残った。男は去っていく。私は男と逆方向へ向かう、男と離れるためではなくて、学校へ行くためだ。
この毒は、なんのために使われるのだろう。報酬さえ貰えればそれでいいのだが、やはり気になるものは気になる。やはりスタンダードに、人を殺すためだろうか。いや、組織が人を殺すとは考えにくい。組織は滅多に人を殺めたりはしない。それなら、殺し屋への横流しだろうか。だが、はたして組織が「表」と取り引きするだろうか。
組織は利益を目的とせずに、ただ科学の進展を試みる。科学の用途は二の次だ。それは「表」に全て任せる。
学校に着いた。教師と鉢合わせたのなら、「おはようございます」とだけ言えばいい。無言で通り過ぎるのが、なんとなくではあるが息苦しいのだ。なにか行動すべきではないのかと、余計に思考が速くなる。だが今朝は教師に会わなかった。そして教室には、友達はひとりもいなかった。いや、友達というより、クラスメイトと言うほうが正しいかもしれない。彼女も私の友達なのかもしれないのだから。