〇四五
中には誰もいなかった。てっきり、あの女が待っていると思ったが、どうやら私のほうが先に来たようだ。
だが、それは軽率な勘違いであった。ダンボールがごとごとと揺れる。他の生徒たちが来ても問題が起こらないように、隠れていたのだろう。ダンボールから、黒髪が覗いた。
「……え」
ダンボールから出てきた人間は、着物を着てはいなかった。それは――今日学校を休んだはずの少女――私の恋人だった。
制服姿ではない。「えへへ」と、無邪気にも彼女は笑顔を見せる。完全にダンボールから姿を現す。それは紛れもなく、私よりも背の低い、恋人であった。黒髪が艶やかな、恋人であった。
「手紙、読んでくれた?」
そう彼女は笑う。
ずっと、着物の女が書いていたと思った字は、恋人の字だった。私は上着の右ポケットから、白い紙を慌てて取り出す。彼女がにやけ顔でそれを取り上げる。
「びっくりした?」
彼女のパーカーは鼠色をしていた。スカートは、大人びた色彩をしている。だが、あまりに短い。膝上なんセンチかのところで、扇情的にスカートが揺れる。
そんな格好の彼女は、なんの言い訳もせずに、私に抱きついた。私の胸に、彼女は頭をうずめる。私はそっと、腕を彼女の背中にまわした。
「昨日の夜からずっと、ここにいたんだ」
消え入るような、それでもはっきりとした声で彼女は言う。
「衝撃的な『生きてる』って感触。頭を殴られたみたいな、突然の感覚だった」
なにを言っているのか、よく分からない。
ぎゅうっと、彼女が腕に力を込める。密着。私もそれに準じて、力強く抱きしめた。「痛い」と、笑いながら彼女は言う。私は慌てて腕を離した。それでも、彼女はまだ私を抱きしめている。思い出したように、私は腕をもう一度まわした。やさしく、包む。
「……しよう」
彼女が、今度は頼りのない声で言う。うずめた顔は、よく見えない。
「……うん?」
聞こえなかった。聞き返す。
照れくさそうに、彼女は私から離れた。自分の右頬を撫でて、もう一度彼女は言う。
「エッチ、しよう」