〇四三
ニルは、今からは一人で行動するそうだ。もともと、個人プレイが得意なのだそうだ。私には学校があるが、大人の彼に、そのようなものはない。
サングラスは、別れ際に返した。どうも、特異な目は視線を集める。ただでさえ、この辺りで黒人は珍しいというのに。
この辺に住んでいるのは、ほとんど、いや全てが日本人だと言える。一時期外国からの出稼ぎが急激に増えたせいで、日本人の就職難が相次いだのだ。その対策として、一部地域の、外国人の雇用を禁止にした。この一帯は、その地域のうちの一つだ。
サングラスをかけて、にっとニルは笑う。短い時間だったが、とても世話になったような気がした。気がした、のではなく、実際にそうなのだろう。
組織の人間にはほら、こんな良い人もいる。偽の母親や、中学三年生のときの人たちのような人も、確かにいることはいるが。その悪評だけでは、信頼は落ちないものなのである。
家の中は、とても綺麗に整っていた。まあ要は、なにもないということなのだが。荒らされたということもなかった。ここを最後に出たときは、あの女から逃げ出したときだったが、あの女は特に家でなにかをしたわけではないらしい。ただ、私を追いかけた。
スペアの制服は、柱の出っ張りに、ハンガーを覆って掛けられていた。汚れやほころびがないか確かめる。
ふと、疑問を抱いた。あの女は、なぜ私を追いかけたのだろう。母親であったのなら、少なからずの説明はつく。が、相手は赤の他人である。それがなぜ底辺に属する私に着目し、私に奮起しているのか。それにそもそも、なぜ彼女は組織を謀ったのだろう。組織に反し、一体なにを目的としているのか。反組織団体の人間というわけでもないのに。……分からないことだらけだ。
また柱にハンガーを掛けるときに、手元が狂ったのか、制服がだらしなく床に落ちてしまった。膝を曲げて、それを拾い上げる。改めて柱に掛けようとするとき、上着の右ポケットから、白いものが顔を出しているのに気付いた。それを取る。
それは、手紙のようなものだった。絶対にこれは手紙であると、確信はできない。なぜかというと、そこには差出人の名前がなかったからだ。それに、本文もたったの一文で済んでいる。言い換えるなら、置手紙というところか。いや、それも手紙なのか。
『講堂の準備室に、明日の放課後に来て』
そう、丸い字で書いてあった。誰の字なのかは、分からない。だが、おそらくあの女なのだろうと私は思った。制服のこのポケットに、手紙を入れることのできる人だなんて、AF-117のいない今、あの女しかいないじゃないか。