〇四二
ニルに手をとられた。サングラス越しの視界が、ほどなくぶれる。
私とニルは駆け出した。結局は、逃げるしかないのである。
走り、走ると、小さな山に差し掛かった。木が生い茂っている。
「いいアイディアあるネ」
そう言うと、急ぎ足でニルは山を登る。私も、それに準じた。開発を放棄された山のようで、踏み分けられたような道はない。木が乱雑に立ち並んでいる。
「この山は、組織の実験用の山ネ」
ニルは言う。
「人が入っていないようで、実は、たくさんの仕掛けがあるネ。ここに来て、ラッキーネ」
この山は、組織が実験に使用しているところなのだそうだ。人が手をつけていないように装っているが、実は違う。
すぐに、深い穴を見つけた。地球の裏側にまで続いてそうな、底の見えない穴である。それは木々の根の間に、ひっそりと居座っている。ちょうど、人が横になったぐらいの直径だ。
私たちは落ちないように気をつけながら、それを渡った。そして、そこで待つ。
すぐに、獣は追いついた。私たちを前にして、四つの細い脚に、力を入れる。
そして。
獣は落ちた。獣はちょうど、私たちの目の前まで跳んだ。私たちの目の前といえば、穴の真上である。ほどなくして、無機物の根が、動く。そして穴を塞いでいった。
私は今まで知らなかったが、このようなところが、いくつかあるらしい。組織にサンプルを渡す場所だ。
私たちは、思い切り溜息をつき、胸をなでおろした。
いくら殺しても死なないのであれば、殺さなければいい。殺さずに、幽閉してしまえばいい。自分たちに危険の及ばないところに。簡単な話だ。
山を降りると、街はちょっとした騒ぎになっていた。きっと、もうあの喫茶店には野次馬が群がっているのだろう。二つの変死体。人々をそれをどう解釈し、どう対処するのか。それを知る必要はない。
私たちは歩いた。もう走らなくてよい。獣を遣したあの女を、捜さねばならない。だがその前に、私は学校にも行かなくてはならない。組織に加入するとき、決めたのだ。いや、決められたのだ。組織を理由に、学校を休んではいけないと。少しでも、組織の存在が露見してはいけない。嘘がばれないようにするコツは、嘘をつかないことだ。恋人の顔も見たいし。