〇四〇
絶句した。
「ソーリー、お金がないネ」
確かめるように、ニルは繰り返す。サングラスが黒光りする。
それを耳にしても、店主は特にリアクションを起こさなかった。私は、持っていないぞ。ひとりして慌てる。さてどうしたものかと。
すると、ドアをがりがりとした音がした。ドアのほうからである。客だろうか。
「ああ、あの人だ」
店主が、迷いのない歩みでドアに近づき、ドアノブに手をかける。
「うちの常連さんでね、四肢が不自由な人なんですよ。こうやって、いつもスプーンでドアをこする」と言いながら。
初老を迎えていそうな店主は、固まる。人は自分の想像を凌駕したものを目にしてしまうと、脳が思考をとめて、言葉通り固まってしまう。まさに、彼はそうなっていた。
そして――店主の首はへし折れた。
噴水のように、血が飛ぶ。四方八方十六方に。まるで、彼の首は太ったホースだ。いきなりの流れに、管は驚いている。
力なく、店主の胴は倒れる。その先、開いたドアの先には、車椅子に乗った体があった。首は、ない。どこにいったかと思えば、そう、地面に転がっていた。そのそばには、脚の細い獣が。
「追いかけて……きたネ」
ニルが椅子から腰を上げる。その際、コーヒーが入っているコップが倒れた。溢れかえるプールの水のように、コーヒーが机から滴る。どろりと、私の頭の中を、無音の音がよぎった。
ニルは私にレーザーガンを差し出した。エネルギー残量からして、あと二発しか撃てない。もしものときのために持っていろ、ということなのだろう。頷きながら、私は受け取る。そして、サングラスをとる。回りが窪んで少し目玉が飛び出ていて、お世辞にも凛々しいとは言えない。そのサングラスも、私に差し出す。レーザーガンの光線から、目を守るのに必要なのだろうか。そんな話は知らないが。私はそれをかける。
獣は、二つの屍を食していた。栄養摂取、だ。だが私には、それが人間であるからということの他にも、その行為に嗚咽感を抱いていた。なんとも、無意味で、無情で、悲哀な行為に思えるのだ。
ニルは獣にナイフを投げた。だが、狙いがズレたのか、毛の深いところに当たって、ナイフは刺さらない。