〇三九
どうしたものか。早急にニルに伝えておくべきであろうが、どうも、言いづらい。全く、なぜ財布がないのだ。
私はトラックの荷台で目覚める前は、AF-117とある小部屋にいたはずだ。その前は、いつものように学校に行っていた。学校へ財布を持っていかない高校生はいない。だから、私は財布を持っているはずである。ところが、ない。
そしてすぐに、私は理解した。服が、違う。私の財布は、制服の右ポケットにあるはずだ。が、私は制服を着ていなかった。上半身は黒く、下半身は白い。そんな服だ。トラックで運ばれるとき、着替えさせられていたのだ。今までそれにも気付かなかったと思うと、自分を叱り付けてしまいたくなるが。
ならば、気兼ねなくニルに言える。
「私の、服は……」
だが、つい遠慮がちな声になってしまった。店の者に、話を聞かれるのを恐れているのかもしれないが。
「ああ、あれはトラックにあるネ。困ったネ。スクールユニフォーム必要ネ」
まあ確かに制服そのものも大事だが。
「えっと……それと」
「スクールユニフォーム。日本の文化ユニークネ。おれが行ったスクール、それ、ないネ」
やはり、日本国外で生活していたのだろう。アメリカの生徒は制服を着ないだろう。もしかしたら知識不足の偏見なのかもしれないが。まあ、ニルがアメリカ人だとは限らないのだが。
レモンスカッシュはちまちまと減っていった。会計を遅らせているようだ。だがその主犯は私だった。
幸いなことに、今日は休日だった。目覚めたのが気絶した日の翌日であるのなら、の話だが。そうでなかったとしたら、色々と一大事だが。制服も、実は家に予備がある。私の予想では、あの女はもう私の家には来ないだろうから、また自分の家にも行けるだろう。なら、特に問題はない……今この瞬間を除いては。
ま、まあ、仕方ない。ニルに払ってもらうしかないか。
「大丈夫ネ。スクールユニフォーム、買ってあげるネ」
ニルはまだ、私の制服について考えていたようだ。家にもう一着あることを伝えなくては。だが突然ニルは、なにやら感嘆のような詠嘆のような声を漏らすと、手を組んで私にこう言った。
「ソーリー。今、金がないネ」