〇三七
私はことごとく馬鹿である。だから一生懸命に思案していた。
なにをしたいのかは、分かっている。あの獣を、着物女の管理下から逃がすのだ。そうして、女を煩わせる。
だが、その方法が思いつかないのだ。
考えている間にも、獣の体は再生している。待ち構えているようで、ニルはレーザーガンを両手で支えている。銃口は下を向いているが。
どうしても思いつかない。仕方ないから、もう過去となっているはずの悪夢を、いやいやながらも思い出そうとする。
旧鳥取にある、大山の山頂、そこで私は獣に遭遇した。二ヶ月ほど前のことだ。AF-117に会って、最初の任務でもある。山の頂に咲き乱れている、ある花の種を採取することが任務だった。花弁は紫色で、種は焼けたように黒い。なかなかそこは壮観で、そのとき私は見惚れていたと思う。背後に迫りよるものに、気付かなかった。振り返ったときには、虎のような猪のような獣である。それがふいに飛び掛り、私はとっさに跳び避けた。そして、今のニルのような、無知の恐怖を味わう。
そのときの細かな記憶を、懸命に思い出していた。思い出したくないような過去でも、いざ必要になると、それほど嫌悪感も抱かないようだ。
獣の特徴を、躍起になって探す、探す。目の前から探るのではなく、頭の中から。
……とうとう、見つからなかった。獣が、完全に再生する。黄色い顔に、白い牙。虎に猪。闘牛のように前足で地面を蹴り、ニルに襲い掛かる――前に、ニルがまた光線を放つ。比較的毛の薄い胸が、四方に飛び散る。
そして私は気付いた。相手が逃げないのなら、こちらが逃げればいいではないか。
「ニル、逃げよう」
「……なに言ってるネ。これを――」
「これは、死なない。それよりもあの女をどうにかしないと」
女は、私たちと獣を面白そうに眺めている。私たちの会話は、聞こえていないようだ。生地がやわらかいのか、着物姿には似合わない体勢をしている。しゃがんでいる。
しばし考える素振りを見せてから、ニルはもう一度獣に光線を撃つ。獣がまたゆっくりと再生をしている間に、ニルは、トラックの荷台の上に光線を撃った。にやにや顔でしゃがんでいた女が、曲げていた脚をばねにしてかわす。その勢いのまま、地面に跳び降りた。短い痛み声が漏れる。光線が掠ったのかもしれない。
私たちの反対側、トラックの反対側に女は身を潜めるのだろう。ニルが、そっと運転席側のドアを開ける、が。