〇三四
私の見解は、はかなくも間違っていた。両親の体は死後一週間ではなく、死後一ヶ月だった。水泡だと私が思っていた、両親の表皮にこびりついていたものは、粒上の防腐剤だったのだ。一ヶ月あれば、人体実験遂行部の連中と口裏を合わせるなりして、組織を欺くことができる、のだろう。
トラックの助手席に揺られながら、比較的緑の多い場所を眺める。鬱蒼としているというよりも、周りの空気を引き込んでいるような、木と木と木。見えない渦。太陽の光が葉の隙間から零れ落ち、根元の草を撫でる。
ぐだぐだと、実家にずっと居座っているわけにもいかない。迎え入れてくれる人は、見送ってくれる人も、もういないのだから。私とニルは、とりあえず二人の墓を離れることにした。
トラックの中で、ニルがこう言った。
「おれ、リーダー殺す、仕事ネ」
殺し屋、というわけでもないらしいが、彼はそのようなスタンスらしい。彼はこれまで、人体実験遂行部に潜入して、リーダーの行動を見張っていたそうだ。彼女は前々から、組織から疑われていたようだ。なにか裏の目的をもって、組織に入ったと。ちなみに厳密には、ニルは組織の人間ではないらしい。組織の一員ではなく、組織に雇われた人間だと。よく理解できなかったが、とりあえず、組織の人間ではないそうだ。
「きみ、家に送るネ。これでお別れネ」
さらっと、よく分からないことをまた彼は言った。
「……一緒には、行けないのか。殺人鬼を殺す、手伝いをしてはだめなのか」
「だめネ。きみ、学校、行く」
ニルが、私のほうに顔を向ける。そして、私に拳を向けた。一瞬だけ、運転中になにをするんだと焦ったが、いつのまにか自動操縦に切り替わっていた。
「約束ネ。きみの親殺したリーダー、おれが殺すネ」
ニルの拳は、痩せていて角ばっている。だが、握力がとても大きいのか、とても頼もしく見えた。私はふと、自分も拳を作って、それを見つめる。余所見をするように、また外の景色に視線を遣る。未だに緑は多かった。拳と拳で、こつんと無音に近い音を鳴らす。
ニルは顔を前方に戻して、ハンドルを握りなおす。自動操縦が解除される。
だんだん緑が薄まっていく。実家から、故郷から遠ざかっていく。トラックは二人を乗せて、それぞれのすべき先へと走っていく。安定した振動で。だが、はかなくも、私の見解は間違っていた。トラックが乗せていたのは、二人ではなかったのだ。
荷台から物音がした。