〇三一
「死んで……ない?」
「イエス」
うっすらと、ニルは笑う。微笑みとも言い換えられる、まれに見る善意的な笑顔のようだ。なんとなくではあるが、敵だとは思いづらい。
ああ、そうか。敵がどうとか以前に、私の本来の仲間は組織なのだ。AF-117は確か、母親が組織に反した行動をとったと言っていたが、それは母親に限った話で、この男は、立ち位置では全くの私の仲間であるはずなのだ。
私は組織を謀ったわけではない。反組織団体に協力したわけでもない。AF-117に、それとリンクする彼女に協力したまでだ。組織は人殺しをしない。人体実験で人を死なせてしまうことはあるが、それは殺人ではない。
「人体実験遂行部」
「うん? なにか言ったネ?」
「あんたも……人体実験遂行部の人間なのか」
ひとまず、言葉がつっかえるということはなかった。ニルが精神的療法のつもりで私と会話しているというのは本当のことなのだろう。彼が醸し出す雰囲気は、喉に優しかった。ニルは私の質問に少しだけ眉を曲げて、特徴的な口調で言う。
「車、止めるネ」
一瞬、彼がなにを言っているのか分からなかった。だがその直後に、母親が「なぜだ」と言ったことで、その言葉が私に向けられたものではなかったことに気付く。
急に、どうしたというのだろう。
「どうしたんだ?」
意味が分からなかったのは私だけではなかったようだ。ニルの突然の指令に、母親が質問する。
「いいから、車、止めるネ」
「お前、この私に指令するというのか。それも根拠なしで」
母親は、人体実験遂行部の長だ。リーダーだ。ニルがその部の人間であったのなら、自分の上司に指図をしたことになる。なるほどそれは、無礼というものだ。
「おれ、きみの部下じゃないネ」
ニルは人体実験遂行部の人間ではないらしい。その言葉が、私に向けられたものなのか母親への返事なのか、はたまた両者へのものなのかは定かではないが。
「なっ!?」
母親はニルの言葉に驚いていた。