〇三〇
窓を叩いてみた。トラックの荷台は揺れて、あまり力を込めたものではなかった。たがそれだけで、運転席の人間は反応した。窓が開く。胎内に差し込む光。母親のはらわたを抉られたような光。
窓から覗き込む顔は、予想に反して母親ではなかった。サングラスをかけた、やせた黒人だ。頬がこけている。
「起きたようだな」
そう母親の声がした。だが黒人は口を動かしていない。声は黒人の後方からのものだった。黒人の顔が窓から消える。その先には、ハンドルを握っている母親の姿があった。
「ニル、窓を閉めろ。話すことはない」
「そんなこと……ないネ」
黒人がそう受け答えする。どうやら、この黒人の名はニルというようだ。サングラスが鈍く光を反射する。――すぐには気付かなかったが、もう太陽が出ている時間になっているようだ。私が気絶したときは、もう暗かったはずだ。何時間眠っていたのだろう。
「どういう意味だ、ニル」
「このボウヤ。精神的ショックあるネ。会話、大事」
「ふん、私にはそう見えないけどな」
凸凹した道に揺られながら、トラックは進む。母親はハンドルを握っていて、助手席に座っているニルは、背もたれを抱くように私のほうを向いている。
ニルがそれでも窓を閉めずにいると、母親は観念したように、どうでもよさげな風に「勝手にしろ」と呟いた。それを聞いて、ニルの顔がまた窓を占める。
「おれ、ニル。よろしくネ」
「……」
私がなにも言わなくても、ニルは口を動かす。いや、無言であることに満足しているともいえる表情だった。まるで、私の精神を推し量っているようだ。
「おれ、知ってる。きみ、組織のニンゲン。パートナーAF-117」
ニルがそれを言った途端、頭が痛み出した。私の目つきが自然と悪くなっているのが分かる。
「痛がる必要ないネ。パートナー、死んでない」
まだ頭痛は引かない。一体なんだというのだ。AF-117と、この頭痛に関連性があるというのか。精神的ショックだとでもいうのか。
「死ぬ感覚感じる前に、パートナー、気絶してリンク外れたネ。本体、死んでない」
痛みが消えた。