〇二七
「私の本体の人間も、それまで男の前で脚を開いたことはなかったわ」
彼女は言う。それを口にしている彼女が、果たしてAF-117なのか、どこかから八割の精神を飛ばしている女性なのか、わけがわからなくなった。だが考えるまでもなく、私と会話しているのは、両者だった。本体の思考を、目の前のアンドロイドが口調を変えて私に伝える。なぜ口調を変えるのか、私はなんとなく分かった気がした。口癖などで本体の人間を特定されないようにするためだ。そのためには、口調を変えるという機能は便利なようだ。それと同時に、なぜ公園で彼女は、その機能を私に言ってしまったのだろうと疑問に思った。そんなこと、言われなければ気付かないに決まっている。本体を特定されたくないのであれば、その機能の存在も、隠しておくべきだったのではないだろうか。
「でも、不思議なものだわ。私の本体は今も処女であるのに、性経験があるだなんて。処女なのに性交したことあるって……なんだか」
彼女はふいに口をつぐむ。男の前で処女という言葉を使った自分が気に食わないのかもしれない。
「もう……『性的報酬』は受けないよ。まさか本当の人間を相手にしていたなんて、そんな……」
「……別に、いいのよ。私の本体は、普通の人よりも、その……性欲が盛んな人というか。アンドロイドになってするセックスは、妊娠の心配もないし……。も、もちろん、今の技術を使えば、避妊なんていとも簡単なのだけど、その、避妊薬はお金がかかるし。ともかく、これからは、報酬でなくても、やってもいい……のよ?」
「でも、もうやめておくよ。君には悪いけど、最近恋人ができたんだ。恋人がいるのに、他の女とエッチなんてできないよ」
「……そう」
彼女は無表情でそう言葉を返した。アンドロイドが作り出す無表情からは、いくら人間の感情が含まれているとはいえ、読み取ることは不可能だった。もしかしたら、悲しんでいるのかもしれない。でもそうやって、性行為に浸っていくのは双方にとって良いことではない。あくまで本来の意味では、私と彼女は、仕事をこなす上でのパートナーなのだから。いや、現状からすると、仕事は関係ないのかもしれない。彼女は組織の人間ではないのだから。
反組織団体に肩を貸す気はない。私は、あくまでも組織の人間だ。だが彼女には協力する。反組織団体に協力するつもりはないが、彼女には協力するつもりがあるのだ。なんとも、中途半端なことになってしまった。ソファーは依然、ごつごつとしている。
地響きが起こった。