〇二四
「そこにかけて」
彼女は言った。彼女の言う「そこ」がどこだかは分からなかったが、すぐそこにソファーがあったからそこに座った。ふかふかしていなかった。
「組織はまだ、あなたについて気付いていないみたい。それ以前に、あなたのお母さんのことも気付いていないようだけど」
彼女は言う。それはつまり、どういうことなのだろうか。
「あなたのお母さんは、組織の命令なしで動いていたのよ。あなたになにか、危険な実験をするためにね」
ごつごつとしたソファーに腰を沈める。暗い部屋の中では、彼女の顔がよく見えない。彼女はソファーに腰掛けることなく、腕を組んで私の向かいに立っていた。腕を組むと、大きな胸が息苦しそうだ。
そして私は気付いた。気付かなかったほうがよかったかもしれないが、母親について悩むべきこの場面で、なぜこのような思考に至るのか、自分でも甚だ意味不明であるが。
「お、お前は……俺と知り合ったときから既に、本体の人間とリンクしていたんだよな?」
妙に性器が疼いていた。おいおいこの状況で大きくなるわけじゃないだろうな、そう危惧心を抱きながらも、私は彼女に訊く。目の前の女に訊いているのか、本体の人間に言っているのか、自分でも分からなかった。
彼女は考えるように、自分の胸をさらに強く圧迫した。見るからにはじけそうだ。彼女は無言だった。自分の質問の意味を察して、羞恥が取り巻いているのかもしれない。
「本体の人間としては、夢の中で擬似セックスを体験しているようなものだわ。この、人間とアンドロイドの精神リンク中は、アンドロイドのほうに精神が八割飛んでいるの。だから、本当に体験しているほど鮮明ではないけど、八割方の感覚は、本体の人間も感じる」
「……」
彼女の顔は赤くなっていた。隠し通そうとしたことが、あっけなく露見したのだ。
「六回」
彼女は言う。私は視線をどこにもっていけばいいのか分からなくなって、露骨にも体ごと後ろを向いた。ソファーの背中掛けに、胴体を傾ける。
「二ヶ月と二十一日前。私とあなたはパートナーになった。それからあなたには七つの任務が与えられて、そのうちの六つの任務をあなたは成功させた」
組織の規定では、任務遂行者は、「金銭的報酬」「休暇的報酬」「性的報酬」「知識的報酬」などの多種の報酬の中から一つ、報酬を選ぶことができる。毎回、任務を受けるときに決めさせられるのだ。彼女に会ってから私は、そのうちの一つしか選んでいない。