〇二一
人体実験遂行部といえば、組織の中では、特に異質な部署だ。組織は効率のため、必要最低限の罪しか犯さない。犯罪は利益が少ない割には、リスクが大きいのだ。だが人体実験遂行部は、犯罪を頻繁に起こす。必要最低限に留まらず、人殺しもする。組織は基本的に、人殺しは絶対にしないことになっている。が、人体実験遂行部は違う。人体実験遂行部は人殺しをする。実験のために、資料のために、だけではなく。組織からのお咎めも気にすることなく、自分勝手に、されど忠実に仕事を果たす部署だ。
彼女の話によると、母親は、そこの頭だったらしい。つまるところリーダーだ。そんなことに私は気付かず、中学三年生のあのときまで、のほほんと暮らしていたと思うと、なんともいえない感傷が襲ってくる。
彼女との話し合いで、私は家には帰らないことになった。学校へは行く。登下校のルートが、変わったわけだ。
鞄は今日も軽かった。保管場所を決めかねている筆箱しか、なかには入っていない。筆箱の中には毒もどきがあった。それを持っていることそのものが任務だったのを思い出す。既に報酬はもらっているのだから、もう持っている理由はないのだが、だからといって捨てるわけにもいかないと思っていた。毒ではなくとも、外見としては怪しいものなのだ。それを鞄に入れていることも問題なのかもしれないが、捨てるというのも適切な判断だとは思えない。だがそれは、既に終わったものなのであるから、どうすることも不適切な気がして、今日もどうすることもなく、触ることもできないのだ。触らないのであれば、それはいつまでも鞄の中で眠っているだけである。
不審に思われることを考慮して、遠回りして、いつもと同じ電車に乗った。不審に思われることを考慮、といっても、私の変化を不審に思う人は……。
「おはよー」
昨日、ひとりできた。私の変化に気付いてくれる人。だからどうも、私はこれから、遠回りをしないといけないようだ。
「おはよう」
付き合ってからまだ一日しか経っていないはずなのに、親密感はとても高いものになっていた。それは私がいままで、親密というものを知らずに高校生活を送っていたからで、中学校以来の感情に、それにさらに付加された感情、恋心に、私が過剰に受け止めているからなのかもしれない。だが親密は双方の思いがあるからこそ成り立つもののはずであり、もしかしたら、彼女のほうも、この感情は久しいものなのかもしれない。
手をつないで、登校する。教師がそれを咎めることはないし、周りの生徒がそれを妨害することも、たぶんない。ここは学校なのだ。