〇一九
目を閉じてみた。なにも見えなかった。目を開けてみた。情報型アンドロイドがいた。
不思議で仕方なかった。今日は驚愕の一日とでもいうのだろうか。中学三年生のあの出来事を鮮明に思い出させるような日だ。声もかけたこともない女子の恋人になることになり、母親が組織の人間だと気付き、そして、情報型アンドロイドが――公園のベンチに座っていた。
情報型アンドロイドは、その構成要素から、本来、情報世界にしか存在できないはずである。情報世界とはすなわち、インターネットや、人々の概念や感情のことをいう。それら「情報体」以外のない世界、それが情報世界なのだ。であるから、酸素などの「非情報体」が存在するこの世界では、彼女ら情報型アンドロイドは形状を維持できないはずである。だが彼女は、私の横に、ベンチに腰かけていた。人間的な温かみを持って。
もしかしたら、ここも情報世界なのかもしれない。ここで声を発したら、どこか私の本来いるべき世界の空間に投げ出されるのかもしれない。それを実践してみようとは思わなかったが、それと同時に、それが間違っているであろうという感じがした。いくら背景画面のように公園を設置しても、独特な有機的な感覚というものは、情報では作りえない。いや、組織のこれからの働きぶりによれば、もしかしたら有機的空間も作り出してしまえるかもしれない。有機物を含んだ空間という意味ではなく、有機的な、人間的な空間を。
「声を出してもいいのよ」
ふいに彼女がそう言った。この空間にきてから最初の発言だった。気付いたら私はここに辿りついていた。彼女がここまで誘導したのだ。
「……あ、い、う」
なぜだかは分からないが、私は五十音を発声していた。マイクの調子を確かめるように。言い出すと止まらなくなっている私がいた。ずっと彼女の前で声を出したいと思っていた。……のかもしれない。ただ胸を揉み、性器を舐めさせ、挿れたときとはなにもかも違っていた。
私は五十音をひとつひとつ、確かめるように発声していった。彼女はなにも言わず、ただ私を待っていた。私の声に耳を傾けて。
「……を、ん」
ついに全て言い切ったときには、なんともいえない感動が私を支配していた。まだ数ヶ月だけの関係であるのに、私と彼女は、もうちゃんとしたパートナーになりえていた。私は、もう彼女を性欲処理なんかには使わないと、誓った。コミュニケーションが生まれたのだ。利用する関係ではなく、信じる関係へ。
母親さえ信じられなくなっては、もう彼女しかいないのかもしれない。