〇一七
私は知っている。恋人になったところで、特になにかが変わるというわけではない。クラスの連中を観察していて、そう気付いた。恋人ができたら嬉しい。それに楽しい。休日には一緒にショッピングに行き、映画を観にいき、目的もなく一緒に時間を共有する。だがそれだけなのである。高校生の恋愛事情。
だがそうじゃなかった。実際に恋人ができてみると、それはとても、「それだけ」だとはいえないことになっていた。高校生の恋愛事情。一緒に時間を共有する、ただそれだけで十分だった。ちょっと手を触れてみる、それだけで胸がこみあげてくる。「スキ」って二文字の言葉だけで、短い恋の言葉で、私たちは親密になっていった。きっとそうだ。
帰りの電車のなかで、いつもは見ているはずの景色は見ないで、私はずっと彼女をみていた。彼女も、私を見ていた。要は、見つめ合っていた。互いに、見つめ合っていた。それが当然のことのように、されど生を受けた喜びのように、かけがえのないものに。
付き合ったその日で、こんなに親しくなれるものだったなんて。利益を目的とする関係の友達しかつくってこなかった私は、ひどく戸惑った。なにもかも新鮮だった。友達を一速飛ばしして、利益を目的としない恋人ができた。ひどく私は信じ込んでいた。この子は組織の人なんかではない、そう確信していた。それを確かめる術はないが、そうだと私は確信した。信じる、高校生の恋愛事情。
話してみると、思ったよりも家が近いことに気付いた。歩いてでも行けそうである。それに互いに知って、今度、二日後の休みにでも、彼女が私の家にくることになった。くる、というのはつまり、遊びに来る、ということだ。小学生のころ、よく友達を家に上げたものだ。懐かしい。
だとしたら、私はどこまで彼女と一緒に帰宅できるのだろう。よく分からなかったので、今日は、駅に着いたところでそれぞれ別の方向に別れた。明日は家まで送ってね、と、彼女は言葉を残していった。
家につくと、母親がいた。そういえば、昨晩から母親があがりこんでいるのだった。今日彼女を家に連れてこなくてよかったと安堵した。それと同時に、母親はなぜここに来たのだろうという疑問が、またふつふつと湧き上がってきた。だから訊いた。
「なにしにきたの」
ただいまとおかえりの応酬を終えた直後だった。私は訊いた。母親に訊いた。
母親は、そろそろ訊くころだろうと感づいていたのか、さほど驚きはしなかった。記憶にないのだが、もしかしたら、昨晩もこのようなことを訊いたのかもしれない。
母親はエプロンを脱いで、私に向き合った。
皺が目立っていた。