〇一五
入学当初はよく、学校のみんなを疑っていたものだ。この中の誰が組織の存在を知っているのだろうかと、人々の仕草を逐一観察していたものだった。
だから、私に人が寄り付かなかったのだろう。
どこか不気味で、常になにかに神経を注いでいる男。そんな人とかかわるよりは、近しい席の、楽しいやつと絡めばいい。誰もがそう思った。たまに物好きなやつもいた。私は彼らを拒むことはせず、だが自分から話しかけたりもしなかった。そんな曖昧な線引きができ、私を拒む者はいなくとも、私を歓迎するものもいないという結果に陥った。いわば、一昔前の言葉でいえば、「陰キャラ」というものだった。
だからみんな、顔を強張らせた。奇跡よりもありえないことが、目の前で起きたのだから。奇跡は、語義的には不思議な現象という立ち位置で収まっている。もちろん、語義を別としたニュアンスの面では、現象という言葉では収まりきらない事象があるのだが。とにかくクラスのみんなが、顔をしかめた。みんな混乱していた。混乱していたのは私も同じだ。なにがどうなっているんだ。
「私と付き合ってください!」
今朝一緒に登校した女子が、教室のど真ん中で、堂々と恥じらいを混ぜながらそう言ったのだ。私に、である。
私は戸惑っていた。クラスのみんなも戸惑っていた。よりにもよって、なんであんなやつに。みんなの思考がひとつになった。ただ私の目の前で頭を下げている彼女だけが……教室の中で浮いていた。いつもはみんなに馴染んでいるはずの美少女が、自分の不可解な行動のせいで晒しだされていた。
少しすると、えへへ、と彼女は言って、私に顔を向けた。真正面に、頬を赤らめて。
廊下側の窓から人だかりが見えた。いつのまにか、この状況はみんなの耳に伝わっていた。そんなに私は有名人だったのか。みんなとズレている人というのは、陰で知れわたっているものだったのか。陰キャラとは、そういう意味だったのか。
こうなったらもう、逃げ出すこともできない。冗談じゃないのかと訊ける状況でもなかった。断るか、それとも。その二択しか与えられていなかった。以前ゲームの授業で、初期のゲームをしてみたことがあったが、あれには確か「はい」か「いいえ」しか選べない場面があった。とんだクソゲーもあったものだ。だがそれが、今の私に。
「考えさせてください」
だが私は逃げた。ゲームの電源を切った。あのあと私は、先生に叱られたと思う。
私の答えを聞いて、彼女は笑い出した。おかしくて笑っているのではなくて、真面目なときに、ふいに笑ってしまうような。その直後、背伸びして彼女が私に口付けをした。