表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/100

〇一四

 母親は、二、三日だけ私の家に泊まるそうだ。依然として、母親がここに来た目的は分からない。目的があれば、の話だが。

 今朝も電車で、移りゆく景色を眺めていた。だがふと考えてみれば、移りゆくのはむしろ自分のほうで、景色のほうは、これっぽっちも動いていない。だが私自体は止まっている。私も景色も動いていないというのに、両者は離れていく。電車という仲立ちがあるのだ。

 腕時計は規則正しく時を刻む。家を出ているときの私は、なかなかそれに浸る時間を得られないが、それでも怠けたりはしない。

「あ、おはよー」

 ふいに後方から声がかかってきた。ここでいう後方というのは、私にとっての後方、つまり、私の背中側のことをさす。決して電車の後方という意味でもなければ、景色の後方という意味でもない。景色の後方がどちらを向いているのか、分からないが。

 なるべく冷静を装って、振り返ってみた。そこにいたのは、見覚えのある少女だった。いや、少女という表現はおかしいのかもしれない。私と同い年だ。もし私が彼女を少女だというのであれば、同年齢の私は必然的に少年になってしまう。既に就職先の決まっている私が、少年だとでもいうのか。

 肩のあたりで、黒い髪は綺麗に揃っていた。背が低いというわけでもないのだろうが、小柄な印象だった。

「……おはよう」

 彼女に声をかけられるのは初めてだった。この一年半、彼女は女子で構成されたグループの中でただ笑い、屈託なく笑い、そして屈託なく他の子の悪口を言う、どこにでもいる子だった。特別視すべきなのは、その容姿だけで。

「へぇ、いつもこの時間なんだ」

 どこに納得する要素があったのかは分からないが、彼女が納得したということはとりあえず分かった。

「わたし、先週から電車通学に変わったんだ」

 誰も訊いてはいないというのに、彼女は言う。彼女の黒い髪が、車内の光を受けて、さらに黒く艶やいでいた。なるほど、艶というのはこういうのをいうのか。

「毎日、この時間なんだね。これから一緒だね」

 やけに馴れ馴れしい。なんだろう、もしかして仕事関連なのだろうか。そんな話は聞いていないが。ただ私は、美少女に話しかけられたというだけで、なんとなく内心では喜んでいた。同年齢ではあっても、彼女が美少女であっても、私は美少年にはなれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ