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〇一三

 そこまで明るいわけでもないのに、都会の空に星はいなかった。いるとしたら、(ゼロ)等星よりも強い星だけ。なぜ星たちが明かりを嫌うのかは分からないが、いいやだから、ここはそれほど明るくはない。明るくなくとも星がいないというのは、つまり、どういうことをさすのだろうか。都会が嫌なのだろうか。それとも、私が思い込んでいるよりもずっと、ここは明るい場所なのだろうか。

 強い星だけがいる。都会。

 懐古していたわけではないが、母親と歩いていると、いつもがいつものように感じられなくなっていた。着物に簪ときたのだから、草履でも履いているのではと思ったが、母親は意外にも、最新型のブーツを履いていた。組織が開発したものだ。もちろん、それは「裏」での話で、「表」ではある有名な企業が開発したことになっているのだが。これを履いていれば、疲労を最低限に抑えることができる。足のつぼを刺激し、血液の循環を良くする。湿気も篭らないように、通気性の良い素材が用いられている。そしてなにより、この靴で着目すべきなのが、B機能だ。B機能と名づけられたそれは、人間の身体能力を飛躍的に上昇させる。一時的なものだが、人間がチーターよりも速く走れるのだ。体に潜在している自己抑制本能を破ることもないのだから、素晴らしい研究成果だ。

 人間には、自己の能力を抑制する本能が潜んでいる。この本能が備わっていたから、人間は理性を得ることができたという説もある。ずっと昔の超能力者には、この本能が欠けていたり、この本能を破ってしまった人が多いそうだ。太古のイエス=キリストがそうだと言われている。ただ彼は、超能力者には分類されないのだが。

 母親が履いているブーツは、その本能を破ることなく、人間の限界を超えるよう促す道具なのだ。

 なぜ母親が履いているのかとは思わない。母親は古きを愛する人だったが、決して現代を蔑んだりはしない人だった。むしろ、時代の流れを歓迎していたように思う。母親が愛好しているのはあくまで歴史であって、その中でも特に、一九〇〇年代の文化が気に入っているというだけのことで、ちゃんと今を生きている人だったのだ。

 一九〇〇年代だなんて、そんな昔のことは分からない。歴史の教科書でも見れば表のことはいくらでも分かるだろうが、当時にとっての今を、理解する術はないのだろう。そうであるにもかかわらず、母親はいつも、私が生まれる前から、着物を着ていた。それがなにを意味するのか、ということではなく、それが母親の愛好するものだったのだ。

 ……と、またぐだぐたと考え事をしてしまった。また空を見上げてみても、やはり星は見えないから、それでもいいのだろうが。それにしても、ブーツひとつでこうも思考が巡っていってしまうのは、どうにかならないだろうか。まあ、母親譲りなのだが。


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