表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/100

〇一二

 私は親というものに詳しくない。まだ親になったことがないからだ。片方からの視点ででしか、親というものを識別できない。だからこれは曖昧な表現になってしまうのだが、私は母親が、いつもと変わっていないと同時に、いつもは隠れていたなにかが、ひょっこりと顔を出しているような気がした。いつも変わっていないがゆえに、とも言える。なにかが違うのではなく、なにかが同じというわけでももちろんなく、とにかく違和感らしからぬなにかがあったのだ。

 気付くのに時間がかかったのか、それとも目覚めてすぐに気付いたのかは、よく分からない。一年半のブランクのせいなのか、親というものに、私はなかなか疎くなっていた。運動していなければ体が鈍るように。

 腕時計を見ると、夜の一時になっていた。

 母親は依然として正座をしていた。さすがの母親でも、足は痺れるはずだ。私はふと「いつまで正座してるの」と訊いた。暗にそれは、崩してくださいと言っているのだった。だが母親は返事を口にせず、なにか考え事をしていた。両目の焦点が合っていない。

 月の光は、苦痛にしかならなかった。たまに窓を開けて縁に腰をかけて、月を眺めることがある。だがあのときの月とは違って、今日の月は、なにかが。

 そういえば、なぜ母親は、私の家に侵入することができたのだろう。曲りなりにも、この家には施錠の機能がある。施錠のない家だなんて、ありえない。いくら情報屋といえど、鍵の手配まで施すとは考えにくい。組織の仕事で一度、情報屋と会ったことがあるが、その人はただ情報を伝えるというだけで、他にはなにもしなかった。彼らは謎の方法で情報を仕入れ、金に換える。それしか能のない人間のはずだ。だとしたら、他にも、母親に侵入の手助けをした人がいるのだろうか。はたして、母親は私に会うために、いくらの金を使い、何人の人を雇ったのだろう。

 そこまでして、なにをしに来たというのだろう。

 私は親というものに詳しくない。だがふと思ってみると、母親なしで、父親はどうやって食事をするのだろうと思った。古風な二人だ。父親は料理なんてしたことないし、最近流行りの五秒で終わる食事にも、興味はないはずである。あるいは知らないか。ああ、そういえば行き着けの酒屋があったと思う。成人したら一緒に行こうと、約束した覚えがある。父親への心配は無用ということで、話を戻すと、なぜ母親は私のところに来たのだろう。ただ会いたくなったから、なのだろうか。

 夜の二時になったところで、母親が口を開いた。実に、一時間の沈黙だった。

「ちょっと、散歩しに行こうか」

 正座が崩れた。だがそれ以前に、もう母親は座ってはいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ