〇一一
こういうとき、息子はなにをすべきなのだろう。普通なら、一般的になら、なにをすべきなのだろう。私には分からなかった。ただ目の前の現実を、テレビでも眺めるように見ているだけだった。着物を着た母親は、することを迷いはしなかった。ただ、母親も正座をしているだけだった。端的にいって、時間だけが過ぎていった。
「学校はどう?」
沈黙に耐え切れなくなったというわけではないのだろうが。私の心を解してあげようと思ったのかもしれない。母親はそう言った。
「まあまあだよ」
私は、母親とのきまづさをどうにかするつもりはない。それでも、きまづいよりは話が弾んだほうがいいに決まっている。
「恋人はできた?」
「……いいや」
「一人暮らしはもう慣れた?」
「うん」
「応援してるからね」
「うん」
一年と半年前。夢を叶えてくると豪語して、私は家を出て行った。半ば強引な選択だったと思う。父親は私の話を聞いてすぐに承諾してくれたが、母親は、どうしても縦に頷いてくれなかった。だが横に振ることもなかった。私は結局、母親には無断で、ひとりで駆け落ちでもしたように、家の鍵を置いていったのだ。置き手紙と共に。
『夢を叶えてくる。それまで帰らない』
手紙はそう豪語していた。父親には一言声をかけてもよかったのかもしれないが、そうしたら母親にも顔を合わせなくてはならなくなるのは、分かりきったことだった。
「ここを、どうやって調べたの」
私は訊いた。聞いたところで意味はないが、聞かないわけにはいかなかった。ここに住むことを決めたのは、ここに来てからのこと。私は両親に連絡先を残さなかったし、こちらから連絡することもなかった。夢を叶えるそのときまでは連絡もしないんだと決意していると、そういう設定なのだ。
「情報屋を雇ったの」
母親は、妙に低い声で言った。窓から月の光が差し込んでいる。
「会わなくてはならなくなってしまったからね」
まるでその口調は、本当は会うつもりはなかったのだと、悲しく述べているようだった。