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凍りついたお茶会



ヴィオレ様もブランシュ様も、青薔薇に見入っている。


青薔薇自体が珍しいのだから無理もない。

それにしても、庭園一帯をここまで青薔薇で埋め尽くすとは。


いくら繁殖力が強いとはいえ、相当以前から整備していなければ不可能だろう。

バウム領の土をこれだけ運び込むだけでも大事業のはずだ。


ローレル様は、いつからこの庭園に着手していたのだろうか。


――怖くて聞けないけれど。


「普通の薔薇より香りが立っていますね」


「ほんのり甘い香りもします」


いつもは隙のない高位貴族令嬢であるお二人が、年相応に目を輝かせている。


その様子が微笑ましく、可愛らしい。


そうか、薔薇は香りも大事なのか。

魔法改良していたときは、そこまで気が回っていなかった。


(そもそも、青薔薇が珍しいことすら知らなかったのだけど……)


しかもこの青薔薇、種から育つ。

しかもヒマワリの種に似ている……種と言われるとヒマワリの種くらいしか思い浮かばなかったからだと思われる。


普通の薔薇は挿し木で増やすらしい。

そこから知らなかった私は、正直かなり驚いた。


本当に花には興味がなかったのだ。

だからこそ、こんな魔法改良でわけの分からない新種を生み出してしまったのだろう。


無知って、怖い。


けれどヴィオレ様もブランシュ様も、心から気に入ってくださっているようだ。

その姿を見ていると、青薔薇を作ってよかったと素直に思えた。


――ただし。


バウム領からの最新報告では、この青薔薇が“自我を持ったかのように”ならず者を蔦で拘束したらしい。

……知らない間に進化しているのだけど。


現在それが確認されているのはバウム領だけだ。

しかも、一部の人間にしか知らされていない。

偶然の可能性もある。


とはいえ、領民を守ってくれるのなら、それはそれでありがたい。

レーモンお兄様は何も対策を取らなくても良い、と判断したらしい。


ならず者を青薔薇が拘束しているところを見て、メリッサお嬢様が魔法改良して作った薔薇だしな、と落ち着いて対応したらしい。

そして、すみやかにレーモンお兄様へと報告が上がったと聞いた。


私もその件については対策を取らなくても良いと思う。

青薔薇に嫌な感じは全くしないから大丈夫だと、レーモンお兄様に手紙を書いておいた。


すぐにレーモンお兄様からも、俺もそう思う、とだけ返事が来た。

私の近況を聞く内容は一切なかった。


妹が心配ではないのか……。

それともリモネンお姉様から連絡が行っているのかな。


レーモンお兄様とリモネンお姉様は双子だしな。

双子の神秘のようなものが、あの2人の中であるような気もする。


今まで散々見てきたしね。

あの双子の阿吽の呼吸。


レーモンお兄様が手紙で知らせて来たのはバウム領のこと。

観光業も好調らしい。

以前は素通りされていたバウム領に人が滞在し、景色や食事を楽しんでくれているという。


さらに青薔薇のブーケには“幸せを呼ぶ”という噂まで立っているらしい。


……なんだかもう、完全に私の手を離れている。


とはいえ現在の青薔薇も含めてバウム領の管理はレーモンお兄様の仕事だ。

きっと上手くやってくれているだろう。


今はこのお茶会が第一である。

気持ちを切り替えて、改めて私はヴィオレ様とブランシュ様へと視線を向けた。


「お帰りの際に、良ければ青薔薇のブーケをお持ちくださいね」


「まぁ!」


「よろしいのですか?」


お二人が嬉しそうに声を上げる。


私は頷く。

もちろん、すでに用意してある。


「アンジェリカ様もぜひ」


「私も、いただいてよろしいのですか?」


驚くアンジェリカに、私は軽く笑った。


「一番お世話になっているから。受け取ってくれたら嬉しいな」


押し付けにならないよう、あくまで自然に。

感謝の気持ちも込めて、私はアンジェリカに伝えた。


「……嬉しいです。ありがとうございます」


アンジェリカは本当に嬉しそうに微笑んだ。


「こちらこそ、いつもありがとう」


自然に言葉がこぼれる。


本心だった。

そのとき、侍女が静かに告げる。


「トスカナ公爵家のローズマリー様、ならびにフラワー男爵家のフローラ様がご到着されました」


開始予定より二十分も早い。


だが、全員揃ったのなら問題はない。

私はお茶会を前倒しで始めることにした。


お茶会の会場は庭園のアーチ型のローズガーデンの下。

青薔薇に覆われた空間に、円卓が静かに置かれている。


ローズマリー様とフローラ様はすでに着席していた。

青薔薇を見つめている。

気に入っていただけたようで、少し安心する。


こちらに気づいたローズマリー様は立ち上がり、完璧なカーテシーを披露した。

フローラ様もそれに倣い、一礼する。

ローズマリー様の隣だから、フローラ嬢の所作の拙さが際立つ。


夜会から一ヶ月。

ローズマリー様の顔色は、あの時より明らかに良くなっていた。


それに、ほっとする。


「この度はお招きいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、お越しいただき感謝いたします」


自然と言葉が出た。


――その隣で。

フローラ様は、じっと私の腹部を見つめている。


……やっぱり、そこなのね。


夜会での“妊娠説”を信じているのだろう。

それを発言したのはトスカナ公爵家の嫡男であるアレックス様だし。


トスカナ公爵家で、再度その話題が上がったのかな。

事実ではないので、私は苦笑いを浮かべること以外出来ない。


「フローラ様」


ローズマリー様が静かに、しかし強く制した。


私は今日も、これでもかとコルセットでしっかり締め上げられたドレスを身に着けている。

ドレスの色はシャンパンゴールド――ローレル様の瞳の色。


ローレル様と婚姻関係を結んでから二ヶ月以上経過している。

本当に妊娠しているなら隠せないはずだ。


婚姻した時点で妊娠が確定しているのなら、現在妊娠六ヶ月ほどになっているはずし。

コルセットを着けたドレスなんて着られるわけがない。


王太子殿下の子供を宿しているなら尚更である。

つまり、この装い自体が“否定”の意味を持っている。


夜会の時よりも、信憑性は増しているはず。

ちなみに王宮のお料理とスイーツが美味しすぎて、太ったのは事実だったりする。


現在、ダイエット中。

ローレル様は気にしなくて良いとおっしゃっているけど、ウエディングドレスを着られなくなるわけにはいかないのだ。


「お茶会を始めましょう」


私は穏やかに場を整え、席を促した。


用意された菓子を見て、ヴィオレ様が視線を向ける。


「お姉様、この赤い薔薇……」


「うん、食べられるの」


つい、いつもの口調が出てしまった。

気をつけないといけない。


「え? 食べられるのですか?」


ローズマリー様が驚く。


「魔法改良したものです。お口に合うと良いのですが」


私は控えめに答える。


トスカナ公爵家は筆頭公爵家である。

きっと料理やスイーツは美味しくて当たり前なはず。


この赤薔薇は見た目も味も香りも自信作ではある。

味だけがイチゴ味なだけで、美味しいのは間違いない。


気に入ってもらえたら嬉いしな。

本当に美味しいイチゴの味がするから。


その瞬間――。


「それ、身体に害はないのですか?」


フローラ様が、強い口調で言った。


空気が、一瞬で凍りつく。

誰も言葉を発さない。


張り詰めた緊張だけが、静かにその場を支配していた。


読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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