勇者ですが、攻撃を吸収する魔族が手に負えないので、いっそとことん吸収させることにしました
魔王城にて――
玉座に座る角を生やした魔族の首領――魔王が顔を怒りに歪めていた。
「おのれ、勇者め……。我が魔族を次々に倒しおって……!」
魔王軍最高幹部『四天王』リーダーである竜のような魔族、“破壊”のディジョンが告げる。
「ご安心ください。打倒勇者に向けて、四天王の一人を向かわせました」
「ほう……誰を向かわせた?」
「“吸収”のストーラスです」
ディジョンの言葉に、魔王もニヤリと笑む。
「ストーラスか……。敵に回すと奴ほど厄介な奴もおるまい。勇者どもがどう立ち向かうか、見ものだな」
***
その頃、勇者レイブたちは四天王の一人ストーラスの襲撃を受けていた。
ストーラスは非常に巨体で太った魔族であった。
「ぐふふふ……オデは四天王の一人“吸収”のストーラス。お前らを、ブッ潰しにきたんだな」
強敵出現に、レイブの顔は険しくなる。
「ついに出たか、四天王! だが、僕たちも強くなっている! いくぞ、みんな!」
勇者レイブが斬りかかる。
レイブは金髪で青い鎧をつけた勇ましい若者で、勇者の称号に見合う剣の腕の持ち主だ。
だが、その鋭い一撃は――
「効かないんだなぁ~」
「な、なに……!?」
――ストーラスには通用しなかった。
「だったら俺がやってやらぁ!」
続いて飛び出したのはパーティー一番の怪力を誇る戦士リーガン。
巨大斧で強烈な一撃を見舞うが、ストーラスは平然としている。
「ぐふふ、ごちそうさまなんだな」
「マジかよ……!」
「どうやら物理攻撃は効かないようね! 私に任せて!」
魔法使いの少女ニスティが動く。
三角帽をかぶり、青いローブをまとった彼女は、チャームポイントの赤毛をなびかせながら、炎魔法を叩き込む。
だが、その炎もストーラスの腹に当たると、吸い込まれるように消えてしまった。
「なんで魔法も効かないのよぉ!」
パーティーの四人目、女僧侶のマリエが教会に伝わる聖書を開く。
「物理も魔法もダメなら、浄化してみせましょう!」
マリエはストーラスに浄化呪文を唱えるが、ストーラスはぐふふと笑っている。
「どれもこれも無駄なんだな。オデには通じないんだな」
レイブは顔をしかめる。
「なんでだ……!? なんの攻撃も効かない敵なんて、今までいなかったぞ!」
ストーラスは得意げに笑む。
「分からないなら教えてやるんだな。オデはお前たちの攻撃を全部吸収してるんだなぁ」
「吸収……! そういうことか……!」
“吸収”のストーラス。その二つ名に恥じぬ能力を持っていた。
レイブは不意に笑う。
「だけど、その吸収にも限界はあるはずだな?」
「ん? どういう意味なんだな?」
「こういうことだッ!」
レイブは再び斬りかかる。やはりダメージはないが――
「みんな、吸収が能力なら、こいつが吸い尽くせないほどダメージを与えればいい!」
他の三人はうなずく。
「なるほどな、分かったぜ!」
「極上の魔法を叩き込んでやるわ!」
「自滅させてあげましょう!」
レイブたちはさらに攻撃を激化させ、ストーラスを集中砲火した。
「ま、待つんだな……。こんなことされたら、オデもまずいんだなぁ~……」
「うおおおおおおおおおっ!!!」
レイブたちの総攻撃の結果は――
「ぐふふふ……全然効いてないんだなぁ~」
ストーラスは平然としていた。
レイブは愕然とする。
「そんな……こいつの吸収能力には限界がないのか!?」
リーガンも歯噛みする。
「しかも、こいつのパワー、さっきより上がってねえか!?」
ニスティが恐る恐る解析魔法で調べる。
「ええ……ストーラスのパワーが、さっきまでの何倍にもなってる!」
ストーラスはにんまり笑う。
「オデも驚いたんだなぁ。オデの吸収能力がここまでとは……。しかも、どうやらお前たちの力も使えるようになったんだなぁ~」
ストーラスは炎魔法や浄化の術をデモンストレーションのように披露してみせた。
「魔族は聖なる術を扱えないはずなのに……!」
マリエは目を丸くする。
「お前たち、バカなんだなぁ。オデを倒すつもりが、オデをパワーアップさせてしまったんだなぁ」
ストーラスが魔族らしい残忍な笑みを浮かべてにじり寄る。
「どうするよ、レイブ! 逃げるか!?」リーガンが叫ぶ。
「いや……こいつからはとても逃げ切れない!」
レイブの言う通りである。
今、背を向ければ、力を上げたストーラスからすれば格好の餌食となってしまう。
レイブは考える。
(どうする、どうする、どうする……。逃げるか、もっと攻撃してみるか……。ええい、こうなったら!)
突然、レイブは語り出した。
「ストーラス、勇者の心得を聞きたくないか?」
「勇者の心得? なんなんだな、それ?」
「僕が勇者として一族で受けた教えだ」
「……? まぁ、いいんだな。聞かせてみるんだな」
レイブはさっそく“勇者の心得”を説き始めた。
「まず、勇者たる者、常に弱い者のために剣を振るい……」
ストーラスは聞き入っている。
他のメンバーも、「なぜこんなことを」と思いつつも、この場をレイブに任せた。
「……以上だ」
レイブが語り終わると、ストーラスはしきりにうんうんうなずいている。
「なかなかよかったんだなぁ。なるほど、勇者とは立派なものなんだなぁ」
レイブはこれに手応えを感じ、リーガンに促す。
「次はお前が、“戦士の掟”について語ってくれ!」
「え、なんで俺が……」
「いいから!」
「わ、分かったよ……。戦士の掟! 戦士とは、己の誇りのために戦い、誇りのために死ぬ生き物である……」
やはりストーラスはよく耳を傾けた。
「戦士とは素晴らしいんだなぁ~。ただ楽しみのためだけに殺す魔族とは違うんだなぁ~」
すると、レイブの狙いがなにか分かったのか、ニスティが手を挙げる。
「じゃあ、魔法使いの歴史について語ってあげるわね」
「頼むんだなぁ~」
こうなるとマリエも――
「あなたに神の教えを説きましょう」
「説いてくれなんだなぁ~」
やがて、レイブたちの話を全て聞き終わったストーラスはこう言った。
「いやぁ、お前たちの話を聞いていたら、魔族がいかに利己的な生き物か分かったんだなぁ。同時に、人間の複雑さも分かってきたんだなぁ」
「それはよかった」とレイブ。
「そこで……オデにもっと“知識”を吸収させて欲しいんだな! もう止まらないんだな!」
「もちろんいいとも!」
レイブたちは王国一の大図書館にストーラスを連れていき、勇者の権限で図書館を貸し切りにした。
そして――
「全部読んでいいぞ」
「ワーイなんだなぁ!」
ストーラスは目を輝かせ、むさぼるように図書館の本を読み始め、その中身を吸収していく。
これがどんな結果を招くのか――レイブにとっても賭けであった。
***
一週間後、ストーラスが図書館から出てきた。
「……どうだった?」
レイブが尋ねる。
ストーラスは見た目こそそのままだが、以前とは比べ物にならないほど、理知的な目つきをしていた。
「オデは全てを理解しましたよ。人と魔族の違い、両方の素晴らしさ、愚かさ、そしてどうすれば和解できるかを……」
「おお……!」
「まずは今の戦いをやめさせましょう。魔王様の元へ向かいます」
「一人で大丈夫なのか?」
「ええ、今のオデなら大丈夫」
ストーラスはその巨体には見合わぬスピードで空を飛んだ。
ニスティが呆れる。
「どうなってるの!? 飛行魔法だなんて……! 新しい魔法だから、図書館にはないはずよ!?」
「きっと、吸収した知識を元に、自分で編み出したんだろう」
吸収するだけでなく応用することもできる。ストーラスの恐ろしさが分かる一幕であった。
あっという間に魔王城に到着したストーラスは、玉座の間に優雅な所作で舞い戻る。
「おお、ストーラスよ、戻ったか! 勇者どもは倒せたのか?」
ストーラスは首を横に振る。
「いいえ」
「む? ならばなぜ戻ってきた?」
「オデは魔王様に人間と争う愚かさを説きに来たのです」
さっそくストーラスは人と魔族は共存できると語り始めた。
両種族の長所と短所、思想の違い、さらにはどうすれば和解や共存できるかを。
全てを聞き終えた魔王は激怒する。
「ふ、ふざけるな! 貴様、勇者に洗脳でもされたのではないか!?」
「いえ……これはオデが自分で考えて出した結論です」
「だいたいなんだ! 喋り方はずいぶん落ち着いたのに、なんで一人称は“オデ”のままなんだ!」
「これはオデのアイデンティティですから」
「なにがアイデンティティだ! 小癪な単語を使いおって!」
残念ながら魔王は聞く耳を持たなかった。それどころか――
「四天王、出ろ!」
魔王は号令で残る四天王を呼び出す。
四天王リーダー“破壊”のディジョン。
老人のような姿の“英知”のクレイズ。
鋼鉄製の魔族“鉄壁”のゾゴール。
「“吸収”のストーラスは、どうやらワシに反旗を翻すようだ。貴様ら、責任を持ってこいつを処分せい!」
ディジョンはうなずく。
「かしこまりました。ストーラスよ、お前は四天王の恥さらしだ……死んでもらうぞ!」
ストーラスの表情は変わらない。
「オデは死ぬわけには参りません。相手をしましょう」
戦いが始まった。が、それは戦いと呼べる代物ではなかった。
ディジョン、クレイズ、ゾゴールの攻撃は全て吸収され、ストーラスをパワーアップさせるだけであった。
しかも、ストーラスの明らかに手加減した攻撃で三人は優しく倒されてしまう。
「命は奪いません……。彼らは魔族に不可欠な存在ですから」
魔王は目を丸くする。
(四天王を三人まとめてこうも容易く……!? ワシでもこんなことができるかどうか……!)
だが、魔王にもプライドはある。
(いや、ワシは魔族の王! たかが四天王如きに負けるはずがない!)
魔王も攻撃を仕掛けるが、ストーラスの前にはあまりにも無力だった。傷一つ付けられず、攻撃は全て吸収されてしまう。
「どこまで強くなってるんだ、貴様は……」
「なにしろ勇者パーティーと四天王の力を吸収しましたのでね……。オデは強くなりすぎてしまったようです」
魔王はうなだれ、跪く。
「ワシの負けだ……これからは貴様が魔王をやるがいい」
ストーラスは首を左右に振った。
「いえ、オデが魔族陣営にいると力のバランスが崩れます。オデは天に昇り“調停者”となり、この世に真の平和をもたらしたいと思います」
完全に悟りを開いているストーラスに、魔王はつぶやいた。
「もう好きにして……」
***
かくして、この世に完全な平和が訪れた。
ストーラスは天界に昇り、神に「この世の調停者になりたい」と申し出た。
神はストーラスを一目見るなり、「お前の方が神に相応しい。我の力も全て託そう」と、ストーラスに神としてのなにもかもを吸収させ、姿を消した。
新たな神となったストーラスは、人と魔族がどうすれば共存できるかを全ての生物に説き、平和をもたらした。
――ある日、魔王はレイブの子孫である青年と、喫茶店で向かい合って座っていた。
魔王がコーヒーを飲みながらしみじみと告げる。
「まさか、勇者の命を継ぐ者とお茶を飲む日が来るとはなぁ……」
「きっとご先祖様も喜んでますよ」
青年も笑顔で紅茶を飲む。
「奴とは一度ぐらい手合わせしたかったがな」
「だったら僕とやります? 僕の剣技も勇者級なんて言われてますよ」
「それも面白いかもしれんな」
その時、周囲の客がこんな大騒ぎをしていた。
「おい、他国で噴火しそうになってた火山が、鎮まったらしいぞ!」
「マジかよ! あれ噴火してたら、大変なことになってたよな……」
「助かったな……。きっと神様が世界を救ってくださったのだろう」
これを聞いた魔王は、かつての部下を思い出し、心の中でつぶやいた。
(きっとストーラスの奴が吸収してくれたのであろうな)
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




