第9歩:「私は……冒険家」
「村長、ゴブリンって何?」
「お前はそんな事も知らずに外に飛び出したのか……? 緑小鬼とも呼ばれる魔物でな、緑の肌に一本角が特徴の生き物じゃ。人型だが知能は低く、集団で行動する習性があるのも有名な特徴だ」
「ふぅん……」
村長に連れられた三人はエレベーターを使って村まで戻ってきていた。アルタエルがエレベーターの存在を知らず、村長と軽い口喧嘩になったのだが、アヤメと村長から教えるとロクな事にならないと言われて不貞腐れたのはまた別の話だ。
とにかく四人は無事に村長の家へと辿り着き、机を囲んで夕食を食べていた。
「それで改めてその子は何があったんじゃ? 東大陸からずっと流れてきた訳でもないだろう?」
「ア……ア、ウ……」
「ん?」
「あぁ、リーズ様は東大陸の言葉しか分からないそうです。その為、我々も東大陸の言葉を使って話してあげるべきかと」
「おぉ、確かにそうだ。それはわしの配慮が足りんな。チームインマルクス、ムナイホコラサーイ(わしの名はマルクス。彼女達の親みたいなものじゃ)」
「村長まで変な事言いだした……」
東大陸の言語が分からないアルタエルは三人の会話についていく事が出来ない。
緊張をほぐそうと冗談を言う村長とそれを楽しそうに聞く二人。リーズの事を考えると喜ばしい光景だが、アルタエルは強烈な孤独感に襲われた。このままその場にいると、無理に笑顔を浮かべる事さえできなくなりそうだと考えた彼女は食器を持って立ちあがった。
三人が不思議そうな顔で自分へと視線を送っている。かろうじて笑顔を保ち、
「食器を片付けてくるね」
と短く告げて席を離れた。三人がそれに対して何かを言う事は無く、アルタエルは一人席を離れる。
食器を流し台へと置いた後、三人から死角となっている裏口から外へと出る。
冷えた夜風を肌で感じながらアルタエルは一人村を歩く。狩りを終えて帰ってきた村人の言葉に顔を上げようともせず、早足で村の端へと歩いた。
辿り着いたのは日中にアヤメと遊んでいた池。柵を挟んだ先に広がる水面へと辿り着き、アルタエルはようやく息をついて顔を上げた。
柵を飛び越えて池のほとりへと座り込む。そこは柵を飛び越えなければ辿り着く事の出来ない彼女のお気に入りの場所だった。柵を背もたれにして膝を抱える。
「……」
村長、アヤメ、リーズの三人だけが楽しく話していた。勿論、リーズの事を考えるとそれが一番正しい行動だ。そうでなければ今自分の抱えている思いをリーズが抱く事になる。アルタエルもそれを分かっていながら、心のどこかで嫉妬していた。自分だけ言葉を交わせない状況に苦しさを覚え、言語を知らない自分の知識に悔しさと無力さを痛感した。
あらゆる感情が彼女の中で混ざり、混沌とした悲しみだけが感情を支配していた。
「……」
水面に映る月に向けて石を投げる。水の中に落ちる石を見て虚しさが芽生えた。揺れていた水面はやがて落ち着き、元へと戻る。
「……」
「こら、池に石を投げるなと言っただろう」
もう一度投げようとしたところで、背後から声がかかった。いつの間にか柵を挟んだ向こう側に村長が立っていた。彼は俯いたままのアルタエルに腕を伸ばし、優しくその頭を撫でる。
「懐かしいわい。お前の父親もコールから戻った後、何故かお前の様にここで座っていてな」
「お父さんも?」
「そうじゃ。そして奴は次に口を開いた時、『俺はあんた達に何も恩返し出来てないよな。ごめんな』なんてぬかしおってな。頭を軽く叩いてやったわ」
「そうなの? それはどうして?」
「お前にも言える事。わしは別にお前達に感謝されたくてそこまで育てた訳でも、恩返しを期待して飯を作ってやったわけでもない」
「……?」
アルタエルは村長の言いたい事が伝わらず、村長の顔を見ながら小首を傾げた。村長もアルタエルの表情を見つめ返していたが、小さく笑って空を見る。
「分からないか? まぁお前はまだ幼いから分からないのだ。もう少し大きくなればわかる。何故わしが赤ん坊だったお前の父親を育て、その父親が押し付ける様に渡したお前を育てたのか」
「そうなの?」
「あぁ、いいかアルタエル。分からない事っていうのはこの世にいくらでもある。お前だけではなく、お前より頭のいいアヤメにも、お前より長く生きたわしでもある。例えば、どうしようもない感情とかな」
自分の事を言っているのだとすぐに理解したアルタエルは、胸が少し痛くなるのを感じた。また申し訳なさで俯く。
「良いんじゃ分からなくて。分からない事を探すのが冒険。分からないからわくわくするし行きたくなる。わしも若い頃はそうだった」
「……うん」
「良いかアルタエル、今の様に悩む事はあるだろう。解決出来ないし、アヤメに相談しにくいなんて時があるかもしれない。そんな時に思い出すといい魔法の言葉を教える」
「魔法の言葉……?」
「『人生は冒険だ。冒険に迷いはつきものだ。間違えれば戻ればいい。戻れないなら進めばいい。自分は冒険家なのだから』これが魔法の言葉じゃ」
「人生は冒険だ。冒険に迷いはつきものだ。間違えれば戻ればいい。戻れないなら進めばいい。自分は冒険家なのだから……」
アルタエルは村長の言葉を復唱して、自分の胸に手を当てた。心の中で何度も復唱すると、先程まで悩んでいた事が馬鹿らしくなり、妙に勇気が湧いてくる。
「私は……冒険家」
「そうじゃ。迷う暇があったら先に進まないと時間が勿体ないじゃないか。今回の事は確かにとても難しい。だが、わしは今回のお前を誇りに思う」
「えっ――」
「あの子の為に自分が我慢する事を選んだんだろう? 人に優しくしなさいというわしの言葉通り、お前は良い選択をしたじゃないか。これならお前達が旅に出ても、きっと上手くいくだろうと思えて誇らしかったぞ」
「ほ、本当? でも、少し、辛い……」
「だがその辛さをあの子が感じる事は無い。常に我慢しろとは言わん。ただ、今回は正しい。優しい行動は時に辛くなる。いい学びを得たな。これもまた冒険だ」
「冒険……!」
「いい事ばかりじゃないと学べたな。ただ、悪い事ばかりでもない。今回はそれを学べたから満足だと考えるんだ」
「うん、分かった! そうするよ村長!」
「よし、それじゃあ遅くなるとアヤメ達が心配する。戻ろう」




