第12歩: 「ま、待った! 助けてあげるだけだから、食べないから落ち着いて⁉」
「『ミダク草は宿他草性の植物。最大で人の顔程まで成長する巨大な葉が特徴で葉先は青い。植物の生える場所であればどこでも発見する事が出来る。ただし危険なので近寄らない事を推奨する』……毒のマークもないのに危険なんだ?」
一人山の中を歩くアルタエルは木漏れ日を頼りに図鑑を読む。自然に声が漏れるのはあふれる不安を隠す為だ。鞄はアヤメの傍に置き、図鑑だけ持って山道を歩いている。
そんな彼女の様子を面白がって見つめているのは森の生物達。アルタエルが図鑑を閉じたのを確認して一斉に木の陰へと姿を隠す。
「……よし」
襲ってくる様子の無い彼らに内心安堵した。ここで襲ってくる生き物がいるのであればアヤメの元へ戻らなくてはならない。
弱気になっている自分を鼓舞しようと頬を叩いて気持ちの整理を行う。不安で乱れていた心中は痛みと共に落ち着きを取り戻す。
バッグを背負い直し、周辺に写真と似た植物が無い事を確認してから歩き出した。
「……」
複雑に絡み合ったツルを掻き分けて探し、
「……ない」
崩落してむき出しとなった木の根の下を探し、
「ない!?」
木に登って枝に絡まったツルの刃を調べた。しかし、図鑑に書いてある植物はおろか、葉先が変色している植物さえない。
「……キュ」
「っ!」
木の上から探していた彼女の耳に入ってきたのは微かな鳴き声。それはとても弱弱しく、森の声にかき消されそうな幼いものだった。アルタエルは目を閉じて耳に手を当てた。
「キュゥ……」
「上!」
視覚情報を遮断した彼女は声の方向へすぐに気が付く。見上げた先にあるのは生い茂る緑色を背景に乱れ伸びる黒い枝。それらしい生物は見当たらない。自分の耳を頼りに枝から枝へと跳びあがり、樹木の頂上へと登った。
「いた!」
綿のように柔らかい黄色い毛皮に包まれた何かが枝に挟まっていた。人の両手に収まりそうなそれは、体躯と同じ程度の長さをした尾をふらふらと揺らしている。
酷く衰弱しており、今すぐにでも枝から地面に落ちかねない。
「待ってて! 今助けてあげる!」
アルタエルの声が聞こえたのだろう。生物は震える瞼を持ち上げ、自分へと手を伸ばしている彼女の顔を見た。その瞬間、生物の様子が変わった。目を見開き、挟まっている枝の間でなんとか逃げようともがきだす。
「プキュー!!」
「ま、待った! 助けてあげるだけだから、食べないから落ち着いて⁉」
下手に暴れて地面に落ちる方が危険だと判断したアルタエルは一度手を引っ込めて距離を離す。
「プ……キュ?」
「味方、絶対あなたを助ける味方だから、信じて」
生物の目をまっすぐ見つめて訴える。
彼女の言葉が伝わったのか、体力が尽きたのかは分からないが、生物は目を閉じて動かなくなった。
枝を揺らさぬように気を付けながら手を伸ばすと、片手で持ち上げてアルタエルは驚いた。
手に乗せた感覚が無いほどに生物は重さを持っていなかったからだ。しかし弱っている事実は変わらない。図鑑に載せて気を付けながら地面へと降りる。
「ねぇ、大丈夫?」
「……プキュ?」
「大丈夫……ではなさそうだね。そうだ、おにぎりがあるはずだから食べて、少しは元気が出ると思う」
ポケットからおにぎりを取り出すと生物の口元へと小さくちぎってから運ぶ。
「食べられない物じゃないと良いけど……」
「キュ……」
「おぉ可愛い、もぐもぐ食べてくれているね」
「……」
「あなたはプキュプキュって鳴くから、プキュちゃんって呼ぼうかな。プキュちゃん、美味しい?」
「プキュ」
「お? 少し元気が出たかも。それじゃあもう一口。飲み物が無くてごめんね。私も探し物をしているところだから手持ちが少ないんだ。上から探していても全然見つからなくてね」
「プキュ―?」
「そー探し物。ミダク草って名前の草なんだけど見つからないんだ。あ、まだ足りないよね。どうぞどうぞ」
「プキュキュ……」
「図鑑にはどこにでも生えているって書いてあったと思うんだけど……もう一度だけ確認しようか。えっと、ちょっと地面に降りれるかな?」
「プキュ? プキュ!」
「おぉ⁉」
プキュは大きく一声鳴くと、尾で図鑑を叩き飛び上がった。アルタエルの頭へと着地をして興味深そうに図鑑を見つめている。
「器用だねぇ⁉ ちょっとここからじゃ見えないけど、多分頭に乗っているんだよね? 本当に軽くて忘れちゃいそう」
「プキュプキュ」
「あ、そうだそうだ図鑑図鑑。えっと、ミダク草のページはこれだ。やっぱりどこでも見つけられるって――」
「プキュ! プキュッキュ!」
「あいたたた、プキュちゃんどうしたの、頭を叩かないでって……え、まさか見た事ある⁉」
「プキュ!!」
「その反応あるんだよね⁉ もし良ければ案内してもらえないかな⁉」
「キュ!」
アルタエルの頭上から黄色い何かが伸びた。辛うじて視認できるそれがプキュの尾だと気が付くのに時間はかからなかった。アルタエルの視線を誘導するようにある一点を指している。
「こっちの方角だね。信じるよ」
「プキュ!」
「頭の上にいて、落ちない? 大丈夫?」
「プキュー!」
「お、おぉ? この感触って足かな⁉ プキュちゃん足あったんだ⁉」
「プッ⁉ キュー!!」
「あいたた、ごめんごめん怒らないで! 尻尾で叩かないで! 落ちないのは分かったから案内をお願いしていいかな」
「プキュ!」




