第10話:「無理はしていない、大丈夫だよ」
「サンチラマルクス!(マルクスさんありがとう!)」
朝日も昇っていない翌朝、村長に見送られながら三人はエレベーターの前に立っていた。リーズが村長の手を握り、何度も頭を下げる。
「さんちら村長!」
アルタエルも口調を真似して手を振る。その手には折りたたまれた地図。昨晩村長が描いたリンリバの場所とそこまでのルートが描かれている。
昨日落ち込んでいたとは思えないアルタエルの様子に、村長は安心した。
次に隣にいるアヤメへと視線を動かす。
「アヤメは……相変わらずじゃな」
視線の先にいる彼女の様子に村長は苦笑した。辛うじてそこに立っているが目を閉じて首をゆらゆらと揺らしている。背負っているカバンは今にも肩から落ちそうだ。
朝に弱い彼女は村長の言葉に小さく首を縦に振った。
「気にしないでくださいまし……自ら提案した事ですわ」
「大丈夫なのか? 今からアルタエルの面倒はお前が見るんだぞ?」
「ちょっ、どういう意味!?」
「……やれやれですわ」
「さ、別れは惜しいが行くといい。その子の事は頼んだぞ。あと怪我には気をつけて、困ったら三人で助けて貰う事。それと、鞄のご飯は、傷みやすいから――」
「上のおにぎりからでしょ? 大丈夫だよ村長。リーズちゃんの事も任せて。それじゃあ二度目だけど、行ってきます」
アルタエルは二人の手を握るとエレベーターへと乗り込んだ。村長に笑顔で手を振り、彼の姿が見えなくなるまで手を振り続ける。
エレベーターは三人を乗せ、初めて出会った海岸まで運ぶ。扉が開くと、アルタエルが最初に飛び出して二人を振り返った。
「行こう二人共! まだ旅は始まったばかりだからさ!」
「元気ですわねぇ本当に……」
「マルクス、コミノロチ!」
「ん? こみのろち?」
「村長は優しい人だと言っていますよ……」
「あ、そうなんだ――って、アヤメがその様子だと色々調子狂うなぁ……。昨日みたいに、そこの海水かけてあげよっか?」
「そうすると私は機械のように故障して、リーズ様とだけ会話しますが構わなければ」
「い、嫌だなぁ冗談だよアヤメ。荷物も持つから目を覚ましてよ。それより、二人共、改めて確認」
アルタエルは手に持っていた地図を広げて二人の顔を見る。
「まず目指すのはリンリバ。出来る限り急いであげたいけど、このまま歩いてリンリバには行けない。海岸沿いを進んで、途中で軽く山を登る。登り終えたらあとは一本道でリンリバに到着するね。私達の足だと早くても半日、そこから船に乗って移動だから結構時間がかかるけど大丈夫?」
「昨晩リーズ様にも確認しました。目的地は東大陸ではなく南東大陸にあるクレッサという国。彼女が乗っていた船の目的地だそうです。お父様も待っているはずだと仰っていました。スムーズに行けるなら三日後の夜にはあちらへ到着するかと」
「ん、それじゃあリーズちゃんとの会話はアヤメに任せるね。勿論私も出来る限り会話に参加するから」
「……ふむ、承知致しました」
――普段の彼女らしくない。
歩き出したアルタエルの背を見て、アヤメの脳裏によぎったのはそんな気持ちだった。
昨晩の彼女は自分達の会話に作り笑いを浮かべて無理をしていたはずなのに、今は見慣れた笑顔を浮かべている。村長と帰宅した際の彼女はまだ無理して笑顔を作っていたはずなのに何があったのだろうと少し心配をする。
「無理はしていない、大丈夫だよ」
「あら、何も言っていないのですが伝わってしまいましたか?」
「人の気持ちを考えるのは昔から得意だもん。ただ本当に無理しているわけじゃないんだ。昨日さ、村長が言っていたの。冒険は良い事ばかりじゃなくて、当然辛い事もあるって。これから先味わうだろう辛さに比べたら、今回は勉強として丁度いい辛さだったなって思ったの」
「あらあら、大人になったみたいで……それではリーズ様、ヤギヤチロク(行きましょう)」
「アー!」
アルタエルの背を追って二人も歩き出す。
「アヤメ、ムイチーハホ?(アヤメさん、大丈夫なんですか?)」
「アー……(大丈夫です……)」
「昨日から思っていたけれど、アーは肯定を示す単語なんだね。否定をするにはどうすればいいかな?」
「はい、いいえはとてもシンプルですわよ。アーがはい、ウーがいいえを示しています」
「ふむふむ。そのくらいなら私でも覚えられるね。多分、そこから来る…えーっと、ビュービューがアヤメの目を開くよ」
後ろを振り向いたアルタエルは海を指した後、自分を手で扇ぐ動作をして目を指さす。
リーズは彼女の動作に何の意味があるのかと考えた後、
「ビュービュー……クィサティ?(海風?)」
「おぉ? なんか伝わってそう?」
「えぇ、どうやらしっかり伝わったみたいですわ。私が体調不良ではなく、朝に弱いだけという情報も含めて伝わったみたいで」
「おぉ! なんとか伝わるもんだね!」
「私には伝わりませんでしたけどね」
「あれぇ⁉」




