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【リィンカーネーター】

作者: テラン

デデンデンデデン♪ デデンデンデデン♪




[エンカウンター]



 日本のとある街の公園。

 スポーツセンターに併設された公園は日のある内なら人で賑わいを見せるが、今は平日の深夜。

 人通りのない寂れた暗がりを街灯が照らすだけの一角にて。

 その日、異変が起こった。


 最初はそよ風、サラサラと植樹の葉が鳴り。

 やがてつむじ風となり、土埃が辺りの落ち葉を巻き込んで渦巻く。

 風はどんどん強まり、空き缶がカラカラと転がりブランコがキイキイと勝手に揺れ出した。

 茂みに隠れていた野良猫が総毛立ち、ミャアッと鳴き声を上げて逃げ出す。


 パチッと街灯が明滅する。

 異変の中心では、これが自然現象ではない証を示すかのように稲光を纏ったサークルが出現した。


 サークルは空中へ幾何学模様を浮かび上がらせ、飽和した稲光を周囲に撒き散らしながらバチバチと樹木や遊具を撫で上げて焦げ目をつける。


 眩い光が臨界に達した瞬間、サークルが爆ぜて轟音を響かせながら閃光と共に何かが空中に現れた。

 ソレは形のない光の塊。


 高さはちょうどビルの2階程度。

 異変をもたらしていたサークルが消えた代わりに出現した球体状のソレは、光を放ちながら土や周囲にある物を吸い込んで形を変えていき、光が収まる頃には人の姿を型取っていた。


 一糸まとわぬ人型のソレは突如ショートして消えた街灯の下へと重力に引っ張られて落下し、光源を失った暗がりへと溶け込んだ。


 ソレはしばらくの間微動だにせず、荷電による異臭の中心で全身から熱と煙を上げて、ただジッと片膝立ちの姿勢を保ち続ける。

 己をこの場に馴染ませるだけの十分な時間が経った頃、ソレはゆっくりと立ち上がった。


 ソレの挙動によって思い出したかのように周囲の世界もゆっくりと動き出す。

 風が吹いて溜まった異臭を霧散させ、立ち込めていた煙はどこかへと消え去った。


『…………』


 ソレは一見すると異国の美しい男性の姿をしていたが、2メートルに届きそうな長身と発達した逞しい筋肉、全身に張り巡らせた光る入れ墨のような模様が威圧感を放っている。

 ブラウンの髪、彫りの深い顔立ち、開かれた双眸からはブルーの瞳が無機質に輝き、同じくらい無機質な表情は見る者に作り物めいた印象を与えるだろう。


 ソレは棒立ちのまま瞳孔だけを大きく開き、次に適切な大きさにすぼめてから視線の移動だけで周囲を確認して、真正面へと戻した。

 身体中の入れ墨は明滅を落ち着かせて、溶けるかのように肌と同色にまで薄まっていく。


『…………』


 ソレは無言で歩き出し、公園の外へ出た。

 夜の市街地のただ中で無機質に周囲を探っていく。


 公園の入口に立てられた看板を確認。使われている言語を解析。

 目立つ鉄の柱の先端、視線を上に向けてそれが十二進法の時計であることを確認。時刻を修正した。


 遠くでどこかの家の飼い犬が必死に吠えていた。


『…………』


 ソレは時計の支柱に近づいて見上げ、しゃがみ込み脚の入れ墨を再び光らせると筋肉を膨張させる。

 一気に跳躍。


 空中で時計の上に手をかけて腕の入れ墨を光らせると時計の上に着地。空間を歪ませてミシッと表面のアクリルにヒビを入れた。

 ソレは直立したままゆっくりと首を動かして夜景を一望し、瞳を揺らしながら周囲の様子を確認していく。


『…………』


 入れ墨を光らせると跳躍して地面へと着地。

 鋼鉄でできた時計の支柱は曲がり、地面には凹みができた。


 着地したソレは視線だけはブレることなくただ一点を見つめながら立ち上がり、無表情はそのままに姿勢を向き直して歩み始める。

 先ほどまでの探るような動きとは打って変わって確信ある足取りで。


『…………』


 人工のネオンを目指して。

 ソレは向かっていった。




――――――――――



 ソレは寝静まった住宅地を抜けて灯りに照らされたガソリンスタンドの前にやってきた。


「やめてよ! イヤだって言ってんじゃん!」

「へえ、いいカラダしてるな」「ほら騒がない騒がない。ここまで来て今さら帰るとか無いでしょ〜」


 若い男二人女一人がワゴン車の前で騒いでいる。


「あ? 誰か来たぞ」

「ねえ、そこの人! あたし誘拐されそーなの、助けて!」

「うるせえ余計なこと言うな!」「俺ら〜友達同士でじゃれてるだけなんで〜」


 色黒の金髪男が怒鳴り声をあげて、ピアスを着けた軽薄そうな金髪の男がヘラヘラと笑う。

 二人はカラフルな髪色の薄着の女をワゴン車へ乗せようとしていたが、忠告を無視して進むソレの様子が普通ではないことに気がついた。


「誰だよ止まれ!」「なにコイツやべ〜やつ?」

「助けて、そこの……全裸の人!?」

「変態かよ、ケーサツケーサツ!」「バッカお前ケーサツ呼んだら俺らが危ね〜じゃん」


 ソレの姿は一糸まとわぬ筋骨隆々の大男である。

 目を疑うほどの完璧なプロポーションをした筋肉ムキムキマッチョメンなのだ。


 三人は一瞬息を呑んだが、二度見して異常事態を認識すると焦りだした。


『…………』

「こっち来んなよ全裸野郎!」「変態はお呼びじゃね〜の!」

「ヘルプミー、全裸の人ー」


『…………』

「クッソ、こいつ外人だ!」「マッパ、イズ、ノーセンキュー。オーケイ?」

「えっ、マッパって英語だっけ?」


 ソレは彼らの前で立ち止まると、無言で首と視線だけを動かしてワゴン車と三人を順番に観察していく。

 身体のほうは微動だにしない。常にムキムキでフリーダムのままだ。


『…………』

「お前の英語全然通じてねえぞ!」「そうか、コイツきっとドイツ人なんだ。濁点が多い言葉じゃね〜と通じない系の!」

「そーなんだ」


 ソレが近づき、車のライトに照らされて顔があらわになった。

 彫りの深い顔立ち、ブラウンの髪、険しいブルーの瞳、への字の口をした全裸の異国人。


『…………』

「チクショウ、無言で無表情な外人怖え! ヘンタイの用心棒とか聞いてねえぞ!」「俺ら〜そっちには興味ないんで〜!」

「あっ、こら! 逃げるなー!」


 実力行使に出ても勝てそうにないと察したのか生存本能によるものか、後ろ暗い二人の男は女を置いてワゴン車を発進させていった。

 その場に、ソレと若い女だけが残されてしまう。


『…………』

「えっとー、助けてくれた……んだよね?」


『…………』

「ってスルーはないっしょ!」


 観察を終えたソレは女から視線を外して夜の街へと歩き出した。

 薄着に白いコートを羽織った女が立ち上がり、おっかなびっくりといった様子でソレに近づく。


「アンタって外国人だよね? もしもーし、日本語わかる?」

『……ニホンゴ』

「そう日本語!」

『…………』


 ソレは女に何度も話しかけられて、たどたどしく返答をした。

 立ち止まり、再び女に視線を戻して口元や喉を観察する。


「アンタ何か服着たほうがいいって!」

『……アンタ何か服着たほうがいいって』


 視線を外さずに言語をトレースするようにオウム返し。


「全裸のやつに言われたくないから! 確かにあたしも薄着だけど違うの、これはこういうファッションだし!」

『……これはこういうファッションだし』


 再び言語をなぞって発音。


「アンタのは絶対違うじゃん! 全裸はファッションじゃないの! マッチョに自信があって脱いでるのはわかったけど、服と靴くらい着よーよ」

『…………』


 ソレは言語を急速に理解していった。

 女があれこれ話すのを観て、聞いて、単語の意味と文法を集積していく。


「ねね、もしよかったら助けてくれたお礼に服買ってプレゼントするよ?」

『……服を脱げ。すぐに』

「えっ、ちょっ、こんな所でなにする気!?」


『……それを着る』

「やっぱり変態だった! 女装趣味まであんの? アンタが着たってそもそもサイズが合わないし」


 返答をするとまた新しい単語が出てきた。

 元々記録されていた言語と学習した単語を比較して最適なパターンを選び出す。


『…………』

「ちょっ、どこ行くのー」

『……サイズの合う服を探す』


 ソレは周囲を見渡して検索を始めた。

 新たな目標を定めて向かっていく。


「だから服くらいならあたしが何とか、って居ないし。どこ行った!」


 ソレは夜の街道を全裸のままズンズン歩いていくと、コンビニ帰りにたまたま通りかかった大柄な男性の前で立ち止まり上から下まで観察した。


『おい男、いいカラダしてるな。服を脱げ』

「ひっ、マジ勘弁して下さい」


 突然目の前に完璧な筋肉の大男が現れてガタイのいい男性は腰を抜かしそうになりながら怯えた声で返事をした。


「ちょーっ、イケメンマッチョな外人はそっち系が多いって聞いたことあるけど本当にそうなの?」

『服を調達している』

「お金払わずに奪ったら犯罪だし! 円、ドル、ユーロが必要なの! 脱げ、はダメ。OK?」


 若い女は身振り手振りを交えてまくし立て、ソレの行動を必死に止めようとする。

 ソレは口をへの字にして大きく頷いた。


『……OK。おい男、服をよこせ』

「分かってない!」


 ソレは再び男性に詰め寄ったのだった。





――――――――――





 ソレはパンクな出で立ちで夜の街を行く。

 銀の鋲が付いた黒い革ジャン。指貫の革グローブ。スパー付きの革ブーツ。

 ただし、インナーは伸縮性のあるスポーツウェアである。


「ちょーっとサイズ小さいけど似合ってるじゃん」

『…………』


 詰め寄られた体格の良い男性は間に入った女との交渉の結果、今は着なくなった黒歴史の残滓をわざわざ家まで取りに戻って快く譲ってくれたのだ。


「えっとー、もしかして気に入らなかった?」

『……耐久性が低い。各種耐性面にも問題がある』

「さっきまで全裸だったのに偉そう!」


 内側から盛り上げる立派な筋肉で突っ張り気味だが、異様な風体とマッチして得も言われぬ雰囲気をかもし出していた。


『……だがデザインや技術は評価に値する。高度で洗練された文化であることも理解した』

「そっかー、デザイン気に入ったんだ。えっへへー、選んだ甲斐があったよー。あっそだ、動画撮っていい?」

『…………』


 女はカラフルな髪を整えると、取り出した端末を自分達に向けて顔の向きや角度を調整した。


「仲良くなった外人さんとデートしてまーす。イエーイ」

『…………』

「あっちょっ、どこ行くのー? 待ってよー!」




◇◆◇




 ソレはすれ違う人々をじろじろと観察するように視線を動かしながら夜の街を徘徊する。


「ねね、あんた名前は?」

『……無い』

「ない?」


 視線を向けられた人々はサッと視線を外して通り過ぎていくが、カラフル髪の女は物怖じせずにまとわりついていた。


「あっナイが名前なんだ。そっか外人だもんねー。あたしはもり智慧ちえ。ナイとはこれで友達だねー」

『……モリチェ。登録した』


「ねね日本には来たばかり? 日本語上手だよね」

『……習得した』


「バイリンガルってカッコいいよね。あっ、街の名所とか案内しよっか?」

『……やるべきことがある』


 ソレはあれこれ話しかける女にはほとんど視線を向けず歩くペースを落とすことなく歩いている。

 自然と歩幅の差で置いて行かれそうになるが、智慧は左右非対称のツーサイドアップのカラフル髪を揺らしながらソレの進行方向に回り込んではしつこく話しかけていた。


「ちょっ、待ってってばー。やるべきことって何? 急いでるってことは人探しとか?」

『……分かるのか』


 人探しという単語に反応したソレは立ち止まり、ようやく智慧を真正面から見据えた。


「うわっ、いきなり迫られるとビックリするんですけど! えっとー、誰を探してるの?」

『……名前は知らない。だがオーラで判別可能だ』

「やみくもじゃん! オーラってカリスマ的な? そんなの見ただけで分かるの?」

『……判る。俺はそのために生み出された』

「なんか深い話? よく分かんないけどそんなのじゃ見つかんないよ。他に特徴はないのー?」


 智慧はこめかみに指を当て小首をかしげる。

 ソレは自信ありげに答えていたが、彼女からすれば探し出すのは困難だと思われた。


『……年齢は15.6歳頃。性別は男』

「高校一年くらいかな?」

『……身長165〜170cm前後。体重50〜60kg前後』

「そんなの普通にいっぱいいるしー」

『……最大の特徴は、大変珍しい【黒髪黒目】だ』

「一番珍しくないやつじゃん」


 ソレの答えた探し人の特徴は智慧からしてみれば標準的な日本の男子高校生の特徴そのもので候補を絞り込める要素とは思えない。


『……モリチェは赤青黄。一緒に居た男はどちらも金髪だった』

「いやこれ染めてるだけだし」

『…………』

「えっなに、いきなりそんな見つめられてもっ」


 ソレにとっては意外な答えだったのか、口のへの字と眉間のシワをより一層深くして智慧の頭部を注意深く観察し直した。


『……染色して視覚情報からの隠蔽か。原始的だが有効な方法だ』

「違うし! これはユニコーンカラーっていうファッションだし! ユニコーンだよユニコーン!」

『……ユニコーンなら知っているがそんな色ではなかった』

「そういう名前なの。あと原始的じゃないし!」


 心外とばかりに抗議する智慧だったが、ソレは解答を得られた後はさほど重要な情報ではないと判断して歩みを再開。


『…………』

「あっちょっ、どこ行くのー」

『……使命を果たす』


 今度は呼び止められても立ち止まらない。


「そっちの方角で合ってんのー?」

『……人の多い所に行けば判別は容易い。俺は一日で300人を見分けられる』


 ソレは道行く人々を観察しながらも無機質な中に僅かな自信に満ちた声色で答えた。


「少なっ! ちょーっと検索するから待って。たぶんそんなんじゃ何年経っても見つかんないから」

『……簡単な計算だ。十日で3000人、これに年齢や性別、身体的特徴を加えて絞り込めば目標を発見するのも容易だ』


 ソレは人々を観察しながら目標の特徴を絞り込み、判別の必要ではない者は候補から除外していた。


「ナイの国じゃどーか知らないけど、日本国民は一億人以上居るんだよ?」


 その一声を聞いてピタリと立ち止まる。


『……一億』

「えっとー、15歳と16歳だけでも200万人居るみたい。男子はその半分だからー、100万?」


 眉間のシワを一層険しくした。


『……100万』

「探すアテがないんだったらさ。あたしの高校とか行ってみる?」

『…………』


 ソレは言葉の意味を咀嚼すると、険しい表情のままゆっくりと振り返るのだった。





――――――――――




「夜の校舎ってドキドキするー!」


 所変わって智慧ちえの通う高校。


 ソレは日本の総人口を聞いてやり方を変えることにした。

 智慧の案で夜の内に校舎へ忍び込んで、通学してきた男子高校生を判別するのだ。


『……目標はどこだ』

「まだ通学時刻まで時間あるからねー」


 まだ薄暗い早朝で生徒は登校しておらず、校門も閉まっている時間帯である。


『…………』

「そんな怖い顔しないで。ここ日本だよ? 昼間じゃ知らない外国人なんて中に忍び込めないしー」


 そう言いながら智慧は校門をよじ登って中へと入っていった。

 ソレも校門を一跳びして後に続く。


『……学舎。モリチェもここの所属か』

「そそ。ちょーっと出席日数ヤバいけどピチピチのJKだぜぇーい」

『…………』

「横文字使ったのにスルー! あれ、JKって英単語だよね? あっ、英語は通じないんだっけ」


 智慧は簡単に入れると思っていたが日本の夜の校舎はしっかりと施錠されている。

 警備員は仮眠中だったので隠れられそうな場所を案内してあちこち見て回ることにした。


「ねね。なんでその男子探してるの?」

『……世界に必要だからだ』

「世界ってスケールでかっ! あたしも一度でいいからそんな風に言ってもらいたいわー」

『…………』

「ちょーっ、近い近い! なにーなにー!?」


 ソレは彼女の発言に何かを思考してから覗き込むようにずいっと顔を近づけると瞳孔を調節しながら無遠慮に観察したが、何かを確認するとすぐにロケーションを再開した。


『……モリチェには無理だ』

「えーなんでよー」

『……技能スキルが弱い』

「スキル? あー、そりゃー英語も話せないし人に誇れる技術なんてないかもだけどさー。伸びしろならあるかもだし」


『……階梯レベルの上限も低い』

「レベル? えっとー、ヲタクな話? あっ分かった。クールジャパン的なやつでしょ!」

『…………』


 ソレは智慧の言葉の意味を分析するために押し黙った。


「その男子見つけたらどーすんの?」

『……抹殺する』

「ええええええぇー! なんでぇー!? わわっと」


 予想外な告白に智慧は驚愕して後退り、中庭の段差に躓きそうになりながらよろめいた。


「世界に必要なんでしょ? 死んじゃダメじゃん!」

『……世界に必要だから。抹殺する』

「将来すごい人になるから今のうちに消しちゃうってこと? もしかしてナイって未来から来たの?」


 智慧も人並みに映画くらい観ている。

 突飛な話ではあるが高校生の考える想像からおそるおそる聞いてみた。


『……過去への転移など常識的に不可能だ。俺は異なる世界から来たに過ぎない』

「イセカイ的なやつ? 剣とかあるやつ?」

『……ある』

「そっかー」

『…………』


 どうやら想像したような話ではなかったようだ。

 二人は再び夜の校舎の間を歩き始める。


「いやいやいやいや、会話終わりじゃないから! あとイセカイって未来よりずっと非常識でしょ!」

『…………』


 ソレの話は別方向に荒唐無稽だった。


「あと、殺人はダメ絶対だからね?」

『……異なる世界からやって来た者はトラックに抹殺されたり、爆発で抹殺されたり、【通り魔】に抹殺された、と伝承にある』

「マジかー」


 智慧はソレが何を言ってるのか分からなかったが、彼なりの理由はあるのだということだけは理解した。


 その後、敷地内の各所で隠れるのに丁度よい場所を見つけると、ソレは別の物を探し始めたのだが。


『…………』

「ちょーっ、どこ行くのー」

『……トラックを探す』

「免許持ってないと乗れないよ?」

『…………』


 ソレは駐車場を探したが目当てのトラックは見つからなかった。


『……爆発を起こす』

「校内で爆発は厳禁だよ?」

『…………』


 床に幾何学模様の図形を描き始めたが、智慧は靴底でこすって消していった。


『……【通り魔】にクラスチェンジする』

「うちの学校にそんなクラスないよ?」

『…………』


 ソレが刃物を探し始めたので、智慧は調達できそうな教室の方向から遠ざけたのだが。

 しかし、ソレは智慧の分かりやすい妨害に対してはリアクションを起こそうとしなかった。


「でもイセカイかー。やっぱり国とか救ったりするの?」

『……そうだ』

「ちょっと羨ましいなー。あたしなんて自力で高校卒業できるかどーかも分かんないし」

『…………』


 ソレは施錠されているはずの扉に光る筋を浮かべた手をかざすだけで解錠して事も無げに無人の教室へと侵入していく。


「無理やりやれって言われるのはイヤだけどさ。将来の自分なんて想像できないのに、もう数年したら大人になって何かにならないといけないんだもん」

『…………』


 ソレが何かをしている間、智慧は端末をいじりながら将来に対する漠然とした不安や物足りなさを吐露していた。


「あーあ、今がずっと続けばいいのになー。ってさっきから何やってんの?」

『……罠を仕掛けている』

「なんで!? 今はあたしの青春の独白を聞くシーンだよね!? 罠なんかよりずっと大事な話してんだけど!?」


 ソレは智慧の独白を聞いていなかった訳ではなく、聞きながらも目的を果たすための作業を止めなかっただけである。


『……目標を逃さないために必要な工程だ。俺は使命を果たす』

「そっか。ナイはやるべきことがあるんだもんね」

『……そうだ』

「でも関係ない人まで巻き込んじゃう系の罠はダメだよ?」

『…………』


 そう言われて口のへの字を深くした。


「生きたままイセカイって行けないの?」

『……行ける』

「ええぇー行けるの!? じゃーなんでよ、生きてる方がいいじゃん!」

『…………』


 そう言われて眉根のシワを深くした。


「そのままじゃダメなの?」

『……転移より転生した方が強い肉体を得られる』

「よく分かんないけど、あたしなら死ぬのはイヤだなー」

『…………』


 ソレは智慧の話す言葉から様々な情報を集積して元々持っていた知識と照らし合わせることで学習し、思考のバージョンアップを繰り返していた。


「ワガママだなーって思った? 将来に何の期待もないのにただ生きてたいなんて、やっぱり変?」

『…………』


 ソレは作業を止めてしばし目をつむり、再び開くと智慧へと向き直った。


「ちょっ、いきなり顔ドアップ怖いんですけど!」

『……モリチェは異なる世界へ行きたいのか?』

「えっ、えーっとー」


 突然のリアクションに智慧は困惑して目を泳がせつつも、少し考えてから返答した。


「ちょーっとだけ、興味あるかなーって?」

『…………』


 ソレは彫りの深すぎる顔立ちの奥でブルーの瞳をすぼめるのだった。





――――――――――





「もし、もしもだよ? イセカイ行ったら、帰ってこれないんだよね?」

『……【送還】は可能だ』

「帰ってこれるの!? じゃーもっと興味出てきたんですけど!」


 予想外の解答に智慧ちえの瞳は輝いた。


『……だが十年は向こうで過ごすことになる』

「マジか。十年も経ったらあたし25歳? 帰ってきても高校中退で職歴なしじゃん! 浦島タローじゃん!?」


 数年先も見通せない女子高生にとって十年という歳月は途方もなく長く感じられる。

 口から出る言葉とは裏腹に、智慧は真っ赤なバイクで格好良く登場する大人な自分を想像していた。


『……送還されるのは元の時間軸になる。問題はない』

「25歳で?」

『……元の時間軸の年齢だ』

「なんでなんで、タイムスリップできないって言ってたのに!」


 ソレは確かに過去への転移については否定していた筈である。


『……連続的存在確率の保存則だ。魔法で時間移動は不可能だが、この世界そのものが世界間転移による存在の消失よりも同一存在の送還により元の時間軸で連続した存在継続へと世界の修正力を可逆的に働かせようとする法則を利用する方が理を乱さずに済み、合理的に処置可能だ』

「ごめん偏差値30じゃわかんないかも。S(すごく)F(ファンタジー)ってこと?」

『…………』


 智慧は学力だけでなくSFやファンタジーの偏差値もやや低い。

 対するソレにとっては『偏差値30』という言葉がファンタジー用語だった。


 二人は考え込み、しばらく教室は夜の静寂を取り戻す。


「うん、分かんないけどよーく分かった。あたしがその男子の代わりにイセカイ行くよ!」

『駄目だ』

「即答されたし! なんでなんでー。イセカイってやっぱり危ないから?」


 彼女なりに考え抜いて出した結論は0.2秒で否定されてしまった。


『……モリチェがハズレだからだ』

「ひどい。別の言いかたに変えて?」

『……アタリだったらとっくに抹殺している』

「もっとひどくなった」

『…………』


 ソレは日本語の言い回しの難しさを知った。


「だってこのまま大人になっても、きっとあたしは何にもなれないもん」

『…………』

「フツーに働いて、フツーに結婚して、フツーに家庭に入って、フツーに子供産んで。それって幸せなのかなーって」


 智慧にもそれが贅沢な悩みであることは何となく分かっているが、それでも思わずにはいられなかった。

 周囲の空気に流されるままに普通に染まっていくことが、何となく怖かったのだ。


『……俺の世界の人間も同じだ』

「そーかもしんないケドさ。イセカイは、《《ここ》》じゃないじゃん?」

『……当然だ。世界の位相が異なる』

「《《ここ》》じゃなかったら、あたしだって何かが変わるかもしれないじゃん」


 智慧にとって異世界は未知である。

 未知なる世界は自分を周囲と同じ色に染めようとする手から逃れられる希望に見えたのだ。


「だから」

『……俺の世界でもモリチェはハズレのままだ』


 が、ソレには通じなかった。


「この流れでそれ言っちゃうかー」

『…………』


 ソレは日本語の言葉選びの難しさを知った。


「知ってるよ。あたしがハズレなんて」

『……モリチェは転移前からステータスを閲覧可能なのか』

「ステ、なにそれ? そーじゃなくて、あたしが全然ダメダメだってこと! 今のままじゃ高校卒業してもいい大学なんて入れないしー。ただ就職ルートを後回しにしてるだけだしー」

『…………』


 智慧は普段家族にも友人にも話さないような心の内を吐き出していた。


「決まったルートに進むまでの準備時間もらって、その準備時間に遊んでて何もやってないだけだもん。だからダメダメのあたしがハズレって言われても仕方ないよ」

『…………』


 こうして素直に言葉にしてしまえるのは、この世界に未練が無いかどうかを一つずつ確かめているからだろうか。


「でも、やりたいことなんて簡単に見つかんないし。もし見つかっても、きっとやれないもん」


 未知なる世界へ抱く希望と不安とを天秤にかけているからだろうか。


『……いい国だな』

「あたしの話をしてるのに国の話になった!」


 ソレもまた智慧の話を聞きながら、この世界と己の世界について思考を巡らせていた。


『……この国はいい国だ。ハズレの人間も、アタリの人間も、等しく学舎に通える。仕事が選べる。子供に仕事を選ぶまでの猶予が与えられる。働かずに遊んでいられる自由な時間を、だ』

「仕事は選べるけど落とされるみたいだよ?」


 ソレにとっては使命こそが最優先ではあるが、智慧との会話は知らない情報の海であり、大変興味深いものだった。


『……俺の世界ではモリチェの年なら仕事をするか家庭に入る頃だ。遊ぶ時間はほとんど与えられない。選ぶ自由も与えられない』

「選ばなくていいって楽だよね」


 ソレはこれまで疑問に思っていなかったが、目的を果たすこと以上にこの世界で学んだ知識こそが己の世界に必要なのではないかと考えるに至った。


『……そんな世界に、本当に行きたいのか?』

「え、えっとー、うん。最近のイセカイってダメな人が行くところなんでしょ?」


 そう学習したからこそ、ソレにとって智慧の決断は理解不能なものだった。


『……世界に必要だから目標の男を送るために俺は来た。そして異なる世界の事情のために犠牲になれと強要する。とても身勝手で罪深い行為だ』

「す、好きで行くかもしれないし?」


 夜の街を薄着の女子供が自由に歩ける国。

 そんな所から好んで別の世界へ行きたいと思う心境が分からなかった。


『……かつては召喚という方法を取っていた。だがある時代に召喚された者が召喚の技術を全て滅却した。それ以来、召喚は一度も行われていない』

「えっ、でもナイは来てるじゃん」


 かつて己の世界で起こった惨事は後の世に様々な影響を与えた。召喚技術の封印もその一つである。


『……俺は、非業の死を遂げた異世界人の縁を使って【送還】によってこの世界へと渡ってきた。新たな犠牲者きゅうせいしゅを求めて』

「ごめん、ショーカンとソーカンの違いって何?」


 ソレはこの国を歩いて感じて学習した事からも、かつて召喚の技術を滅却した者の意思表明は正当な物に思えた。


『……俺の世界はそんな世界だ。それでも必ず一人は連れ帰らなければならない。だが犠牲者は一人で十分だ』

「じゃーあたしでよくない?」


 そして、ソレは自分に複雑な思考をする機能を持たされた意味を悟った。


『……だからモリチェは、行くべきではない』

「あたしの話がスルーされてる!」


 ただ抹殺するだけなら言葉を交わす必要はない。

 相手の感情を理解する機能も必要はない。

 だがソレにはその機能を拡張する余地が与えられている。


『……モリチェはこの世界で、普通に生きて、普通に働いて、普通に家庭を持てばいい。子供の内は普通に遊ぶべきだ』

「それがイヤだからイセカイ行きたいんだけど」


 きっとソレを造った者達は、この罪と向き合い、自分の頭で考えて、どういう結論を出すのかを委ねたのではなかろうか、と。


『……俺の世界はそんな普通が欲しくて、新たな犠牲者きゅうせいしゅを求めている。モリチェは普通を選ぶ自由を簡単に手放すべきではない』

「あたしフツー以外を選びたいんだけど」


 ソレは考えた。

 時間にしてはほんの数秒ではあったが、考えに考え抜いた末に一つの結論を出すに至った。


 ならば罪を背負った世界を救う最後の決断は、被害者であるこの世界の住人に決めさせるべきではなかろうか、と。


『…………』

「とりあえずー、あたしが行くってことでOK?」


 そして目の前の少女は、ソレの内なる葛藤も知らずに重大な決断をあっさりと下していたのだった。


『……………………OK』


 だからソレにはもう、そう答えるしか無かった。





――――――――――




「ねね、ソーカンの準備ってまだかかりそう?」

『……あとは力を送り込むだけだ』


 智慧を世界間転移させることにしたソレは校庭に出て送還のために必要な準備を進めていた。

 直径約6メートルほどの円を基準とした幾何学模様を光る手から放出した何かで描いていく。


『…………』


 何かを察知したソレはすっくと立ち上がるなり、近くで興味深そうに覗き込んでいた智慧を引っ張ると素早く水場の陰へと飛び込んだ。


「なにーなにー?」

『……隠れていろ』


 何事かと水場の裏から顔を覗かせた智慧は校門の方から誰かが駆け込んでくるのを見つけた。


「あっ、あれユウキじゃん。こんな早くからランニング?」

『……危険だ。隠れていろ』


 見知った顔なのか、智慧は身を乗り出して確かめると様子がおかしいことに気がついた。

 ソレも侵入者を目視してその目を鋭く細める。


「あっ、知らない外国の女と一緒に入ってきた。校則違反じゃん!」

『……あの女は危険だ。隠れていろ』


 校門を飛び越えた顔見知りの他にもう一人、明らかに日本人ではない金髪でハッキリした顔立ちと容姿の女性が猛スピードで追いかけてきている。


「ねーねー、あの美女ってナイの知り合い?」

『……違う。だがあの女は危険だ。隠れていろ』


 普通の追走劇ではないのは少年の真剣な表情と、相反するように無表情の女性が人間離れした身体能力で迫っている事からも明らかだ。


「ユウキー、こっちこっちー!」

『…………』


 智慧は顔見知りの少年に声を掛けると手を振って合図を送る。

 その様子を観ていたソレは胸ポケットから取り出したサングラスをかけると、仕掛けていた罠を発動させた。


 辺り一面を激しい閃光が覆いつくす。

 すぐにソレは無表情ながらも口のへの字に曲げ眉間のシワを一層深くして飛び出し、走ってくる少年を迎い入れるのだった。




◇◆◇




 少年は智慧と身長は同じくらいで体格は男子としては平均程度。

 染めていない黒髪黒目で、よく見れば顔立ちは整っているのだが印象が薄くて特徴が無い。平均的で清潔感のある少年である。


「森さん!? き、今日の服装も素敵ですね」

「ありがとー」

「じゃなくって、そっちのハリウッドスター風の男性は誰ですか!?」

『……二人共、隠れていろ』


 少年を確保したソレは智慧の隠れている場所まで案内してから、辺りを警戒してもう一人の侵入者の動向を窺っていた。


「話せば長く、もないんだけどー」

「で、できるだけ簡潔に」

「今日知り合ったの」

「ごめんなさい、もうちょっと長く」

『……二人共、話は後だ。隠れていろ』


 ソレは何かを感じ取り、水場の陰から姿を現してその場を後にした。


「夜の街を裸で歩いてたのを見かけて友達になったの」

「どうしよう、長くなったのに分からない!」


『…………』


 二人が隠れている場所から少し離れたグラウンドの中央。

 日本の学校には場違いな雰囲気の外国人風の男女が10メートルほど離れた位置に立ち無表情で対峙している。


『何者だ、お前……』

『……お前こそ、何者だ』


 近未来的な全身スーツ姿をしたブロンドの美女は平坦なアルトで問いかけ、パンクでマッスルな大男もまた深みのあるバリトンで同じ問いかけをした。


「ユウキこそそんなに汗かいてどうしたの?」

「その、夜に買い物に行こうとしたらトラックが迫ってきて」

「えーっ、轢かれちゃったの!?」

「それは避けました」

「すごーい!」


 向かい合う美女とソレは互いに観察を開始した。

 美女は双眸を赤く灯らせ、ソレは目の周囲に光の筋を浮かべて。


『【アナライザー】無効。データベース照合不可……』

『……【鑑定】失敗。識別不明個体と遭遇』


 無表情に変わりはないが、美女とソレの纏う空気がピリリとした緊張感をはらむ。


「でも何度も向かってくるので走って逃げてたら、今度はガス爆発が起きて」

「じゃあ、爆発に巻き込まれちゃったの!?」

「それも避けました」

「マジかー!」


 最初に仕掛けたのは美女の方だった。

 持ち上げた右腕を幾重にも黒いリングが嵌められた金属質な円筒形に変形させると、空気を歪ませる不可視の何かを発射。

 対するソレも左掌を掲げて幾何学模様の光る円を空中に展開して受け切った。


 振動と弾ける突風が衝突地点を中心にしてグラウンドに楕円形の同心円状に砂ぼこりを撒き散らす。


『その力は異なる、この世界の者と……』

『……知らない力だ。危険度を修正する』


 美女は更に右腕を変形して、先端の尖った螺旋状の金属質な形態に。

 ソレは露出した肌全体に刺青のような光る筋を浮かび上がらせる。


「それで倒れてる人が居たから助けようとしたら、その人が刃物で斬りかかってきて」

「もしかして、バラバラにされちゃったの!?」

「うまく避けました」

「あっぶなー!」


 美女の右腕の金属パーツに赤いバーとなってエネルギーがチャージされていく。


『排除する、危険なアンノウンを……』

『……敵と認識。確実に抹殺する』


 対するソレも幾何学模様の光の円を四肢に通し、背中にも光る円を三重に背負うように展開する。


「すぐに110番して逃げてたら、やってきたお巡りさんに発砲されて」

「うそーっ、射殺されちゃったの!?」

「運よく避けました」

「よかったー!」


 両名の戦いは対極的だった。

 美女はその場から動かずに螺旋に蓄積されたエネルギーを放出。

 ソレは前進しながら両腕の円を巧みに操り、放出されたエネルギーを解くようにたわませて周囲へと拡散させる。


『セーフティロック限定解除。出力上昇……』

『……【ソーサリーコア】起動。術式展開』


 美女の追撃がソレの進行を制限させて別方向へと誘導して、ソレは美女の攻撃を凌ぎながらフェイントを入れて近づこうとする。

 遠距離で仕留めようとする美女と接近戦に持ち込もうとするソレの攻防は、常人では遠目で追うのがやっとという高速で行われていた。


「それから弾を打ち切ったお巡りさんがハリウッド系の女性の姿になって車みたいなスピードで追いかけてきたんです」

「えーっ、ぜったい捕まっちゃうじゃん!?」

「がんばって避けました」

「どうやって!?」


 ソレは美女の両腕の変形パターンと攻撃のリズムを高速で学習していった。

 戦いの中で進化するソレに美女は徐々に距離を詰められて後退することになり、肩や背中と腰から金属の突起物を生やすと全方向へ不可視の攻撃を放った。


『撃破は困難、敵性アンノウンは……』

『……敵性体の行動に不審有り。直ちに迎撃する』


 捨て身のような全方向攻撃に対応したソレは防御行動を取らされてしまい、その一瞬の隙に美女は脚の変形をして空中へと舞い上がる。


『移行する、最終手段へ……』

『……モリチェ。その男を連れて逃げろ』


 突風が隠れていた二人の所まで吹き荒び、ソレの発した声に智慧とユウキは反応したが。


「ナイ!!」

「森さんは先に逃げてください。すぐに追いかけるから!」

「えー、なんで自分だけ残ろうとするの? だったらあたしも残るしー!」

「僕は大丈夫だからっ!」

「じゃーあたしも大丈夫!」

「くっ、それなら一緒に逃げよう」

「わかった。ユウキは先に逃げてて、すぐに追いかけるから!」

「何で自分だけ残ろうとするんですか! それなら僕も残ります!」

「あたしは大丈夫だしー」

「くっ、それなら一緒に、あれっ? 何かこの会話ループしてないですか?」


 ソレは上空で美女が全身を変形させた機械の身体を使い膨大なエネルギーをチャージするのを観ながら、背後の二人が逃げそうも無いと悟り、防御のために力を注ぐ決断を余儀なくされるのだった。





――――――――――




 グラウンドの中心で膨大な熱量と巨大な幾何学模様の光の壁が衝突して、凄まじい爆音と共に昼間の太陽のような眩しさが辺り一帯を覆った。


 力と力のぶつかり合いで生じた余波が木々をなぎ倒し、校舎の窓ガラスを木っ端微塵にする。

 やがて機械の身体から美女の姿に戻った侵入者は全身至る所を赤熱させ、陽炎を立ち上らせながら地上へと舞い降りた。


『自己修復機能オーバーヒート。移行する、冷却モードへ……』


 放たれた熱量に対して破壊痕はグラウンドとその周囲に限定されており、未知のエネルギーが破壊を最小限に食い止めたのが伺えた。


 美女は体の節々から煙を放出しながらも冷たく無機質な行動原理に従って索敵を開始し、自己診断機能によりいくつかのパーツが使用不可である事を確認すると、目標となる少年への対応方法を再構築するのだった。


『度外視する、対象の【ザインコード】への影響を……』

『……ダメージは軽微だ』


 索敵の一歩を踏み出した身体は横合いから飛び出したソレの伸ばした腕によって阻まれた。


『邪魔をするな、アンノウン……』

『……文明レベルは高水準のようだが、ステータスは俺が上回っている』


 力任せにソレの眼前へと引きずり出された美女は機能不全の身体に力を込めるがビクともしない。


『理解不能。私のボディは遥かに上回っている、質量、品質、熱量共に、お前の性能を……』

『……ならお前の階梯レベルを答えてみろ』


 ソレは全身に浮かび上がった刺青を光らせると両腕で美女の身体をガッチリと拘束して、頭部に頭突きを食らわせた。


『理解不能なワード。物理法則に反している、お前の力は……』

『……ならお前の技能スキルを答えてみろ』


 折れる首、飛び散る部品に目もくれず、理解の追いつかない陥没した元美女の頭部に再度ソレの頭突きが炸裂する。


『理解不能なワード。解析出来ない、お前の力は……』

『……なら理解する必要は無い』


 そう言うが否や、ソレは美女の姿だった物をハグすると全身を輝かせながらプレス機のようにバキバキと砕いていった。


「ナイ、大丈夫?」

「森さん、近づくのは危ないですって」

『……問題ない。どんなに素体が優れていようと、アレは低階梯(レベル)だ』


 ソレは動かなくなったスクラップをゴミのように放り捨てると、隠れていた智慧とユウキの無事を視線を合わせて確かめていく。

 ソレ自体もパンクな服装こそ所々破れているが煤けているだけでほとんど無傷の状態なのを確認して、智慧はホッと一息ついた。


「初心者ってこと? ハリウッドなのに? オーディションどうやって受かったんだろ」

「森さん、それは違うよ。日本語吹き替え版だけ観てると分かりにくいけど、ハリウッド俳優でも最初は棒読みの人も多いんだ」

『……それに目標は見つかった。これより送還の術式を発動する』


 ソレは本来の使命を果たすために、途中だった送還の準備を進めていくことにした。

 先ほどの戦いの中でも智慧とユウキの二人の隠れていた場所と送還の術式を刻んだ地点は荒らされないように立ち回っていたのだ。


「おー、これであたしもイセカイデビューかー」

「デビューって。えっ、やっぱりこれ何かの撮影だったんですか?」

『……モリチェ。術式が完成したらその男を中に入れるんだ』


 もう迷ってなどいられなかった。

 ソレは手早く魔力を込めて術式の完成を急ぐ。


「中に入るとどうなるの、安全なところに避難させるってこと?」

「そんな、それなら森さんが先ですよ!」

『……中に入ったものはこの世界から消える』


 もし識別不明な別の勢力まで少年を狙っているのだとしたら、この世界に留まらせるのは逆に危険かも知れないと判断してのことである。


「それって抹殺じゃん! えーっ、じゃあユウキはあたしを抹殺する気だった!?」

「何で!? あれ、でもそうなっちゃうのかな? いや待って、何かこの会話おかしくないですか?」

『……二人共伏せろ。アレはまだ動いている』


 完全に破壊したはずのスクラップは形態を変化させて外装を削ぎ落とした金属の骨格部分だけで直立していた。

 ソレの感知機能には反応しなかったが、異なる技術体系由来の仕組みにより隠蔽されていたのだ。


『強制転移準備、完了。座標固定、完了……』

「なにーなにー!?」

『……抹殺する』


 片方だけになった腕を持ち上げた姿勢のままスクラップは赤く灯る隻眼を爛々と輝かせるのと同時に、ソレが飛び掛かるために地面を陥没させながら姿勢を深く沈み込ませる。

 一瞬早くスクラップは半壊した頭部を不気味に歪ませて謎のエネルギーを解き放った。


『目標捕捉、発射……』

「ダメだ森さん、離れて!」

『…………!!』





――――――――――





「えほっえほっ、なにー? どーなったのー?」


 再び巻き起こった衝撃により倒れ込んでいた智慧は急激な気圧の変化によりむせてしまう。

 辺りには冷えた白い煙が立ち込めていて薄着には肌寒かった。


「寒っ! ここはどこ? あたしはもり智慧ちえ。うん、記憶は大丈夫みたい」


 智慧は身震いしながら羽織っていた白いコートの前を閉じて立ち上がる。


「ナイー! ユウキー! どこー? あっ、あたしの携帯発見。動いてる、よかったー」


 煙のせいで視界は悪く、声をかけて二人の無事を確かめようとするが返事はない。


「えっとー。ハリウッド女優が光る光線だして、それがユウキを狙ってたのに気がついて、それでユウキを助けようとしてー」


 直前にあった出来事を順番に思い返しながら何が起こったのかを把握しようとする。


「でも間に合わなくって、そのままユウキに飛んでって」

「それを避けました」

「光線って避けれるんだね! それで避けた光線がそのまま後ろに飛んでってー」

「森さんが無事で良かった」


 ユウキは無事だった。

 咄嗟に彼を庇おうとした智慧を片手で突き飛ばした直後に自身も回避行動を取り、スクラップが最後の力で放った光線は彼を捉えきれずに力尽きたようだ。

 スクラップは力無く横たわり、剥き出しになった無機物の目からも完全に光が失われている。


「ナイー! どーしようユウキ、ナイがいないよ!」

「落ち着いて、ナイさんってハリウッドスター風の男性だよね」

「うん。ナイは裸で徘徊するくらい日本に慣れてないんだよ! 一人になったらまたマッパになっちゃうかも! ケーサツに射たれちゃう!」

「射たれたのは僕だけどね。とりあえず今度は森さんの事情を聞かせてくれるかな?」


 ユウキは智慧とソレの関係やこれまでの経緯を詳しく聞き出すことにした。

 といっても智慧の説明はありのままを整理せずに身振り手振りを交えて話しただけである。


「半分以上何言ってるのか分からなかったけど事情は分かったよ。ナイさんを消した犯人はあのハリウッド女優風に変身していた追跡者だ」

「名探偵っぽい!」

「強制転移と言ってたからナイさんは転送されただけで無事だと思うよ。それとあの追跡者はたぶん異世界から来た秘密の生体兵器なんだと思う」

「急にハリウッド感が増してきた」


 ユウキは智慧と違いファンタジーやSFに対する偏差値が高かったため、思春期の想像力を存分に働かせて推測することができた。


「学校の敷地をめちゃくちゃにした犯人だけど、こんな生体兵器を引き渡して軍とかに回収されたら大変なことになるね」

「なにが起こるの?」


 ユウキは想像力を膨らませることで最悪の未来を端的に導き出した。


「第三次世界大戦だ」

「ヤバいじゃん。世界史の授業が増えちゃう!」

「もっと大変だよ。ファンタジーとかSFの授業も増えるかも」

「超ヤバいじゃん!」


 彼自身も思春期の妄想を過分に含んでいると自覚していたが、完全に無いとも言い切れない。

 それを世間では陰謀論と呼ぶことは、まだ彼は知らなかった。


「だから、僕たちはこの生体兵器をどこかに隠さないといけない」

「あっ、それならいい隠し場所知ってるよー」


 智慧はユウキを連れてある場所へと向かう。


「これ、ナイがあけてたジュツシキとかいう穴」

「そうか、異世界への送還門だね。森さんナイス」

「えっへへー」

「じゃあこの中に入れよう。たぶん穴はそんなに長くは開いていないと思う」

「OK!」


 最後の襲撃の直前にソレが完成させていた異世界への転移門は人ひとりが通れるだけの大きさでポッカリと黒い間口を開けていた。


「なにこれ、おもいんですけどー! 手も持ち上がんない。ハリウッド女優ってダイエットしないのかな?」

「僕が持っていくよ。たぶん人間とは身体の構造が違うんだ」


 智慧が残骸を運ぼうとしたが見た目より遥かに重く、年相応の筋力しかない彼女には腕の一本すらまともに持ち上げられなかった。


「おー、軽々! さすがは男子じゃーん」


 ユウキは残骸を担ぐと転移門へと運び、取りこぼしがないように全ての部品を探して入れていった。


「これで証拠隠滅完了。第三次世界大戦は回避された」

「おつかれー」


 二人は残骸の後始末と転移門の消滅を確認すると一息ついて荒らされた学校の敷地を見渡した。

 めくれ上がった校庭や割れた窓ガラスが、これまでのことが現実に起こった事なのだと訴えかける。


「後は僕たちも見つからない内にここから離れたほうがいいね。もう通報されてると思うし、警察に見つかったら事情聴取されちゃうから」

「お風呂入りたいし、お腹もすいたよねー」


 たった一夜の、ほんの数時間の出来事。

 それは普通を過ごしていた智慧にとっては刺激に満ちた夢のような時間だった。


「うん。じゃーあたしのマンションに行こー」

「えっ森さんの家に!?」

「うーんと。まだ空き部屋とかあるし、水道とか通ってるから好きな部屋使っていいよー」


 異世界を見れなかったことは少し残念に思ったが、いつどこで普通ではないことが起こるか分からない日々を過ごすのも。


「空き家に入るってこと? それ犯罪なんじゃ」

「違うよー。ママが入学に合わせて通いやすい場所に建ててくれたマンションだから、まだ空いてる部屋もいっぱいあるんだよ?」

「…………」


 戻れる普通が保証されたこの自由な時間を続けてみるのも。


「どしたの? ナイの真似なら口をへの字にして眉のシワを深くしなきゃ」

「いや、僕にとっては森さんのほうがずっとファンタジーだなって思っただけだよ……」

「あははっ、なにそれー。あたしなんてフツーのJKだよ」

「アハハ、じゃあ僕も普通の男子高校生だね……」


 この自称《《普通の》》少年と過ごすのも悪くないかも知れないと、そう思ったのだった。






―《終》―






《あとがき》


 初の短編に挑戦しました。

 わざわざ明記する必要はないかも知れませんが、ソレの見た目は若い頃のシュワちゃん(cv:玄田哲章)のイメージです。

 本作ではもっと体格は大きく、他にも違いはあるのであくまでもイメージ程度とお考えください。


 長編を書いたことはありましたが短編は初めてなのでどう書いたものかと四苦八苦しながら、結局はやりたかったことや使ってみたかった手法を盛り込んだ実験作として仕上げてみました。

 どちらかというと短編よりも長編向きの内容なのですが、実際プロットだけは続きも存在しています。


 自分の中ではこれ一本で動画だと20分強くらいの内容だと思っています。

 続きのプロットも概ねそれくらいを目安に各話を区切っていたりしますが、あくまでも短編として書いたものなので続きを書く予定は今のところありません。

 この先は読者の皆さんのご想像にお任せします。


 途中のままの長編につきましては、もう少しレベルアップをしてから取り掛かるつもりです。

 次回作がいつになるかは不明ですが、ひっそりと活動していますので他の作品も読んでくれたら嬉しいです。


 今年もよろしくお願いします。

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