それでも俺は
ここでソロ編終わり。想定外の結末になりました。色々想定していたんですけど、範囲外の結末でした。
「まず、一番気にしていた空也さんの遺体だが。こちらは無事、親御さんの元に届けられた。とても感謝していたそうだよ」
「そうか」
口から出たのはたったそれだけ。
けれど、胸中を満たすのは安堵と罪悪感。
助けられなくてごめんなさい、無事に届けられて良かったと、そんな言葉がいくつも渦巻く。
俺はそれらを吐く息に合わせて外へと放出する。
「続きを頼む」
「わかった。次に犯人の殺害だが、これは罪に問われない。無罪だ」
俺は思わず目を見開く。
「良いのか? 人を殺したんだぞ?」
「なにがあっても自己責任。それがダンジョンだ。警察官からも逮捕はしないと言質をもらった。逆に、犯罪者が減って感謝していたよ」
「そう、なのか」
これは素直に喜べなかった。
もちろん、安堵はしている。自衛の結果だとしても、殺人は重い罪だ。過剰防衛として、前科がつく可能性があったのだ。
そうなると色々と人生が生きづらくなる。
そうはならなくて良かったと思うと同時、罪は罪だ。前科としてつかなくとも、己のなかに刻まれたその罪は一生消えることはないだろう。
「気に病むな、といっても無理か」
「まぁ、な」
「辛くなった時はこの人に連絡すると良い」
そういって佐上が差し出してきたのは1枚の名刺。
受け取って確認すると、そこには『ダンジョン課所属 岩渡』と、そう書いてあった。
「これは」
「警察の人だ。さきほど出てきた警察官だよ。今回の件を対応している」
この人が対応してくれているのか。
下の方に目を動かせば、確かに、電話番号が載っていた。
俺は顔を上げて礼を伝える。
「ありがとう。その時になったら連絡してみる」
「そうしてくれ。なにか聞きたいことはあるか?」
「いや、特にはないな。今はゆっくりとしていたい」
だいぶ落ち着いてきたとはいえ、まだまだ本調子とは言い難い。
これは体ではなく心の問題だ。
体はポーションで元通り、何事もなく動ける。だけど、ポーションで癒やせるのは体まで、心までは癒せなない。今は、その時間がほしかった。
「冒険者を辞めるのなら今だぞ」
ふと、佐上が言った。真剣な表情だ。ふざけて言った感じではない。
「どうしたんだよ急に」
「ダンジョンに長くいると人の死なんてよく見る光景なんだ。そんな光景をまえに、折れていく姿を何度も見てきた。今の紳二郎さんはその人たちと似てる。迷っているんだろう? 冒険者を続けるかどうか」
「………」
図星だった。
たしかに、俺は迷っていた。事件に巻き込まれて人を殺してしまった。救えなかった命もある。
正直、ダンジョンに行くのが恐ろしかった。
またあんな事件に遭うかもしれない、また人を殺してしまうかもしれない、また救えないかもしれない、そう怖じ気づいてしまう。
なら、離れてしまえば良い。前のように会社に就職して、仕事して、ごく当たり前の日常に戻れば良い。
わかっている。わかっているけど、それでもーー夢だったんだ。
昔読んだマンガがある。うだつの上がらない冒険者が、ふとしたことを切っ掛けにダンジョンの深部を目指す、そんなありきたりな話だ。
ただ当時は珍しくて、夢中になって読んだのを覚えている。
こんな世界があるんだ、ダンジョンに潜ってみたい、そんな子供らしい夢を抱いた。
叶うはずもないそんな淡い夢が現実になったのが約5年前だ。
地鳴りとともに地上に現れたいくつもの建造物。後にダンジョンと呼ばれるそれらは、当時の人々に混乱と興奮を齎した。俺もその一人だ。
夢の光景が現実に、手が届く距離にある。
あの時の興奮は今でも忘れられない。それがこんなにも遅くなって、叶ったかと思えばこんな事件に遭遇して、人生とはままならない。
夢から醒めるように現実に帰還する。
気がつけば下がった顔が開いた己の右手を見下ろしていた。なんてことのない手だ。俺はこの手でーー。
心情を殺す勢いで手を握り締め、佐上を見上げる。
「もう少し頑張りたいんだ。ようやく叶った夢を、俺は諦められない」
「またあんな事件に遭遇するかもしれなくてもか?」
「それは……」
言い淀み、それから俺は情けない笑みを浮かべる。
「わからん」
「は?」
佐上は間抜けな表情を浮かべる。俺は思わず笑い声を上げた。
「成るように成れだ。その時のことはその時考えることにした」
「なんだよ、それ」
佐上はあきれた笑みを浮かべる。
「だけど、それぐらいの心構えのほうが良い。長生きするぞ。はあ、悩んだのがバカらしくなる」
「ありがとうな。昨日初めましての仲なのに、気にかけてくれてさ」
普通、ここまで気にかけないぞ。
したとしても慰めの言葉をかけるぐらいだ。
ほんと、良い人だよ。
俺の表情になにか感じるものがあったのか、気まずげに佐上はカゴから手に取ったミカンを持ち上げる。
「ミカン、食べないか?」
俺の答えは決まっていた。
「食う」
岩渡がどんな人物とか、ダンジョン課がなんなのかとか、そういった話は佐上視点で語れています。
気になる方はそちらを読んでください。




