あの後 side佐上
紳二郎が救急車へと乗せられ、搬送されていくのを見送った俺は、到着した警察官と合流した。
「お待たせしました」
「いえ、こちらこそお辛いなか対応していただきありがとうございます。私、ダンジョン課の岩渡と申します」
挨拶とともに差し出された名刺を受け取る。
ダンジョン課とはその名のとおり、ダンジョンで発生したあらゆる出来事を管轄している部署となる。
創立してからまだ数年と日が浅く、系統化もできていないため忙しいと、以前、他のダンジョン課の方から話を聞いたことがある。
「これはご丁寧にありがとうございます。私、フェルラン社所属の佐上と申します。緊急のため名刺を所持しておらず、挨拶のみとなってしまい申し訳ない」
フェルラン社とは、複数の会社が出資して作られた休憩所を管理・運営するためだけに作られた会社だ。
俺はそこに雇われ、派遣という形で今の職場にいる。
「いえいえ、謝らずとも大丈夫です。こちらも承知しております。それより、具体的なお話をお伺いしたいため、車内にご移動お願いしてもよろしいですか?」
俺は了承の返事を返して岩渡の案内の下、パトカーへと乗車する。
位置は後部座席、互いに向き合う形で会話がスタートした。
「詳細な状況をお聞きしてもよろしいですか? あっ、可能な範囲でよろしいので」
「承知しました。最初はーー」
その言葉から、俺は事の始まりから終わりまで、覚えてる限りの状況を岩渡に伝えた。
俺が話す内容を岩渡はノートに書き留め、わからない場合はその都度聞くという方法でスムーズに会話は進み、長い語りにも関わらず気がつけばあっという間に終わっていた。
疲弊した喉を癒そうと、岩渡からいただいたお茶で喉を潤す。
ゴクゴクと音をたて減ってゆくお茶、口を離すころには半分以上がなくなっていた。
ペンを走らせる岩渡の手が止まる。
「お話しいただきありがとうございました。提出する資料の参考にさせていただきます。もし、可能であればお電話番号をお聞きしてもよろしいですか?」
「電話番号はーーーーです」
「ありがとうございます。可能であれば、紳二郎さまにもお話しを伺いたいのですが」
「止めたほうが良いかと」
「ですよね」
俺の返答に、岩渡は苦笑する。
無理とわかっていても、立場上きかないわけにはいかない。
そんな警察官の苦労を垣間見た。
「事情聴取は以上となります。なにかお聞きしたいことはありますか?」
「では、1つーーー紳二郎さんの罪はどうなるんでしょうか?」
これは必ず聞こうと思っていたことだ。
自衛のためとはいえ、人ひとりを殺害してしまった。
それを警察は、岩渡はどう判断をくだすのか、瞳を見つめて返答を待つ。
岩渡はフッと笑う。
「結論から申しますと、罪には問われません。地上ならまた別ですが、ダンジョン内のできごとですので」
「では、捕まることはないと?」
「はい、ご安心ください。それどころか犯罪者が減ってありがたいほどですよ。ご本人の気持ちを思うと素直に喜べませんが」
最後は伏し目がちに岩渡はそう語る。
頭に想起される焦燥した紳二郎の様子、その光景に俺は胸が締め付けられ、顔が歪むのを自覚する。
「そう、ですね………。思い詰めなければ良いと、私もそう思います」
「なにかあれば連絡してください。対応いたします」
「ありがとうございます」
「他になにかありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「では、降りましょうか」
その一言で互いに車から降りて、合流する。
岩渡は車を背に立ち、俺と向かい合う。
「この度はお付き合いいただき、ありがとうございました」
「いえ、お役に立てたのなら幸いです」
「後のことはこちらで対応いたします。今はゆっくりとお休みください」
「ありがとうございます」
その言葉を最後に別れ、俺は人気のない道で壁に背を預ける。
目的があってここに来たわけではない。ただ静かなところで落ち着きたかった。
ため息とともに手にもった缶コーヒーを開ける。
これは道すがら自販機で購入したものだ。
開け口一杯、口の中に広がるほろ苦さ。思わず顔をしかめてしまう。
「やっぱり好きになれないな」
コーヒーを飲むなら牛乳で割るのが一番だと、常々おもう。
それでも飲む手は止めない。
今はこの苦さがちょうど良かった。
ちびちびと飲みながら空を見上げる。
「明日、なんて説明すれば良いものか……」
ポツリと心の声が漏れる。
ああいった犯罪に遭遇するのはなにも、今回が初めてではない。
職業柄こういった出来事にはよく遭遇する。ただ、今回は一味違った。
死傷者がでた。もちろん、これも初めてのことではない。ただ、紳二郎はちがう。
あの焦燥した様子、自分を責めてなければ良いが……。
仲間や人の死をまえに、心が折れていく者は多い。トラウマになる者も何人もいた。俺はそんな光景を何度も目にした。
今の紳二郎の姿は彼らと同じだ。救えなかったことを嘆き、苦しみ、そして病む。その果てに待つのはーー。
「はぁ……ダメだ。休まりそうにない」
嫌な思考を振りほどくように頭を振る。
休むつもりが全然休めていない。それどころか酷くなる一方だ。
会社にも連絡しなければ。
結果的に良かったとはいえ、無断で要請した。馬鹿にならない出費に上司になんと言われるか。
思わず溜め息が漏れてしまう。
「あと一踏ん張り。それが終わったら少し贅沢をしよう」
貯蓄から少し崩して回転寿司にいくのもありだろう。
久々の外食とあって息子も喜ぶはすだ。
そんな姿を思い浮かべるだけでやる気がでる。不思議なものだ。
思わず笑みが漏れる。
壁に預けた背を離して喧騒の聞こえる方へと向けて歩き出す。
「お父さん、もう少し頑張るよ」
なんて、届くはずのない言葉を呟いて。




