賽は投げられた
パン! と手を叩く音が鳴り、俺はハッとする。
「俺、何してたんだ……?」
つい先程のことが思い出せない。とても安堵したのは覚えているのに、肝心の内容が思い出せない。まるで夢でも見ていた気分だ。
「ん?」
その時ふと、自分がナニかを抱いてることに気づく。ずっしりとした重み、人肌のような生暖かさ。本能が警邏を鳴らす。それを見ては駄目だと、そう叫ぶ。
それでも俺は見ずにはいられなかった。言い知れない焦り、恐怖。違ってくれと叫ぶ心が衝動的に下を見る。
「あっ」
漏れた一言はたったそれだけ。だけど、心を襲うはいくつもの文字の羅列。
どうして、なんで、助かったはずじゃ。そこでやっと思い出すのは、先程まで空也を助けるためにした一連の行動。それらは成功で終わったはずだ。
なのに、いま目の前に映る光景はなんだ。
俺が抱いていたのは空也だ。いや、だった者だ。その体からは絶えず血が溢れだし、地面には血溜りができていた。その体はいまだ生暖かいものの、その心臓は止まっており、生きてはいない。
その事実を認識するのに10秒前後。声を上げて泣き出したのはそれから30秒もの時間を経たあとだった。
「あ〝あああ〝あああ〝あ〝あ〝あ〝あ〝ーーー!!」
みっともなく涙を流しながら亡骸に抱きつく。
昨日あっただけの相手にどうしてそこまで泣けるのか。思い出なんてそれこそ、黒歴史を見られたことぐらいのはずだ。
冷酷な俺が、意味がわからないとばかりに問いかけてくる。
そんなの俺にだってわからないと、嗚咽となって吐き出される。理性が欠けている。感情的だ。ああ、そうだろうな。
自分でも冷静じゃないと分かってる。だけど、人の死をまえに冷静さなんて保てない。それも、救ったと思った命が救えてないなんて、そんな事実を俺は受け入れられない!
嘆く俺、そこに響き渡る笑い声。
「さいっっっっっこうじゃん!! これだよ、これ! 俺が見たかったのはさ! いや~、堪んないわ、これ」
俺が幽鬼のごとき眼差しで声のしたほうを向けば、敵は腹を抱えて笑っていた。
どうして笑えるんだ。人が死んだんだぞ。
理解できない。理解したくない。反吐のでる人種だ。野放しにすれば被害者が増える。そのまえに殺さないと。
空也を横たえ、俺は立ち上がる。
「おっ、戦う? 戦っちゃう?」
敵は嬉しげに笑い、両手を広げる。
「復讐したいんだろ? 良いよ、やろう。俺、そういうのも好きなんだ」
敵はそこでにやっと厭らしい笑みを浮かべる。
「ーー復讐もできずに死んでいく姿がさ」
「殺す」
「待、、、つんだ……!」
宣言とともに踏み出そうとした足は、横合いからの声に止められる。俺が声のした方に顔をむけると、その先では壁に背を預けて、血を垂れ流しながら座りこむ佐上がいた。
理性がわずかに戻る。
なにがあったんだ。
記憶にある限り、優勢とは言えずとも不利ではなかったはずだ。見ていない間になにが起こって今の状況になったのか、困惑する俺に佐上は叫ぶ。
「あなたでは勝てない! 今は逃げてください!」
「俺はべつにそれでも良いけどぉ~。ほんとうに逃げちゃう? 復讐もしないままに、ほうとうに良いのかなあ?」
「敵の言葉にーー」
「良いんです」
佐上の言葉を遮るように俺は声を発した。
敵は嬉しそうに、佐上はなぜとでも言いたげな表情を浮かべる。
この時点で俺の理性は戻りつつあった。だからこそ、今から挑む相手がどれだけ強く、勝てる確率が低いのかわかる。佐上の言うとおり、逃げたほうが生き残れるのだろう。
だけど、その選択肢を選ぶということは佐上を見捨てることも意味する。
俺はそれを許容できなかった。耐えられなかった。
1人亡くしただけでもこれだけ辛いのに、俺が逃げたから亡くしたなんて一生物のトラウマになるだろう。それこそ、自責の念で自殺しかねないほどに。
なら、俺が選ぶのは1つだけ。戦う以外に選択肢はなかった。
それに、これはなにもそれだけで選んだ選択肢じゃない。
佐上さん、あなたはあの時言っていただろう?
ーー増援を要請してほしい、てさ。
だからこれは賭けだ。俺が死ぬのが早いか、増援がくるのが早いか。
これは矢上がその要請をしたこと前提だ。してなければ俺達はここで犠牲者の1人となる。そうはならないよう祈るしかない。
それでも、これならまだ、両方が生き残れる可能性があるんだ。その可能性があるのなら、俺は間違いなくそれを選ぶ。
だから、信じてほしい。こんな奴には負けないってさ。
そんな想いを籠めて、俺は笑った。
佐上は目を見開き、やがて、仕方ないとでもいうように笑う。
「頑張ってくれよ、ヒーロー」
この流れ、次回から本格的な戦闘シーンですよね?えっ、大丈夫?思いつきだけでここまで来ちゃったけど……。上手くいくことを祈りましょう。




