2025年5月19日(月)ラクな死ゴトはない
「あ、アホな話ばっかりして、大事なことを忘れてた。──吉野さん、いるか?」
頭の中で吉野さんの気配を探す。
『……うーん、いるよ。熟睡していたところを叩き起こされた気分』
「先週の金曜以来だからな」
大丈夫だとは思っていたが、吉野さんの無事を確認し、ほっと息を吐く。
『なんか口直しにアメでも持ってない? それか飲み物』
「アメは持ってないな。ペットボトルのお茶ならあるぞ」
リュックを開けてペットボトルのフタを開ける。
「そういえば、リュックに入れてあったスマホはどうなった?」
真司に聞かれて、俺はお茶を飲みながらスマホを取り出した。
「んー、買ってきた中古のやつは、アンテナが立ってないな」
「すると──入れ替わるだけだと、武器は作れても、スマホは作れないってことか」
「げっ。じゃあ……、スマホを作るには、毎回擬態を解除するか、死ななきゃならないってことかよっ!」
頭を抱える。
「もう何度も死んでるんだから、そろそろ慣れただろ?」
真司が応じる。
「バカ野郎、慣れるかっ! ──っていうか、擬態を解除するほうじゃダメなの?」
「それだとスライムになるだろ? どこにリスポーンするかわからないし、理性もないんだから、自力で変身することも出来ない。この前はたまたま見つけたけど、一生スライムのまんまになったらどうするんだ?」
「うーん……それを言われると……」
うなりながら顔をしかめる。
「サーベリオンに擬態して、それを吉野さんに倒してもらえばいいだろ? そうすりゃ、吉野さんになってどこかにリスポーンするんだから。自力で帰ってこられるじゃないか」
「任せて。人は切れないけど、異生物ならスパンと切ってあげるから」
「そうですよ。本物の吉野さんの魔力は相当高いから、苦しまずに死ねる……はずです」
「奥田くん。そこ、迷わないでくれる?」
苦しまずに瞬殺する魔法か……。出来れば、1秒たりとも苦しみたくない。
「ギロチンみたいな魔法を作ればいいんじゃない?」
吉野さんが提案する。
「いやちょっと待って。ギロチンって、なんか勢い強すぎて怖いんですけど」
「そう? じゃあ、もうちょっと優雅に、避けられない死のイメージを──」
吉野さんがイメージのままに、魔法を発動させようとする。
「ちょ……ちょっと待て。心の準備をするから待てって!」
「山村さん、大丈夫ですよ。首を切られた場合、頭に血が回らなくなって、すぐに意識が消えるはずです。痛いのは、ほんの一瞬ですよ」
「ほんの一瞬ってどのくらいだよっ!」
「うーん、数秒間は意識があるかもしれませんけど、山村さんの体は普通と違うからなんとも……」
「ま、まあ、それは確かに」
『ねえ、本物のアタシって、詠唱なしで魔法使ってるよね。それって結構、魔力のムダ遣いしてると思うんだけど。呪文を唱えてみたら、更に火力が上がるんじゃない?』
頭の中の吉野さんがアドバイスをくれた。
「ああ、それは試したことがなかったかな? じゃあ、詠唱で火力が上がるか試してみるか」
みんな(頭んの中の吉野さんを含む)で魔法の詠唱を考える。
「フランス語はわからんが、翻訳ソフトを使えばアイデアくらいは出せるぞ。──ヴァン・ギヨティーヌはどうかな?」
真司がスマホを叩く。
「それだと直接的過ぎて美しくない」
「では、ヴァン・モルト・スブィトはどうでしょうか」
『音はいいねー。哲学的な感じがするし。でも、優雅さも入れたくない?』
「……優雅さを入れろだってさ」
──みたいな感じでフランス語談義が続き、最終的に『クープ・ドゥ・グラース──苦痛を長引かせない慈悲の一撃』に落ち着いた。
「本当に一瞬で死ぬのか様子が見たい。まず、本物のサーベリオンで試し打ちしよう」
俺が提案する。
というわけでサーベリオンの現れる場所まで移動。
周囲に人影はなく、サーベリオンだけが遠くでヒマそうに寝転がっていた。
チンピラもいなくなって、すっかり元通りだ。
「サーベリオンを瞬殺するには、頭部か胸の魔石を一撃で破壊するしかない。横切りだと急所を外すかもしれん。縦に切れば、多少ズレても頭か胸のどちらかには当たるだろう」
そう言いながら、真司がライフルを構える。
「オレがおびき寄せるから、真っ直ぐ正面から攻撃してみてくれ」
「縦に切り裂く感じね。了解」
吉野さんが杖を構える。
「頼むぜー、吉野さん。瞬殺よ、瞬殺」
俺は吉野さんを拝む。
魔法のイメージが固まり、吉野さんの体が光る。オーラがゆらめき、あたりに広がっていく。
今にもサーベリオンに飛びかかろうと、光の波が吉野さんのまわりで渦を巻き、風が吹き始める。
杖を構えたまま、吉野さんは真司を見て頷いた。
それを合図に、真司がサーベリオンの足元の地面を撃った。
自分を攻撃してくる敵を見つけたサーベリオンは、素早く起き上がり、真っ直ぐにこちらに向かって走ってきた。
「今だ!」
真司が叫ぶ。
せき止められていた魔力が、溢れんばかりに光を放つ。
「慈悲の刃で速やかな死を クープ・ドゥ・グラース!」
吉野さんが詠唱を終えると同時に風が勢いを増し、獣が咆哮するような激しい音が鳴った。
巨大な光が、回転する刃のようにサーベリオンの体の中央を一直線に駆け抜けていった。
真っ二つに切られたサーベリオンは、その体が倒れる前にサラサラと崩れて灰になった。
吉野さんが近づいていって灰の中に手を突っ込むと、真っ二つに切られた魔石が出てきた。
「わー、すっごーい。断面がツルツル。カミソリで切ったみたい」
吉野さんが、面白そうに魔石の断面を撫でる。
「割れた魔石だと買い取り額が下がるかな。これは、奥田くんの研究に使えるかい?」
「もちろん、割れてても使えますよ。薄くスライスしたり、粉にする場合もありますから」
「じゃあ先行投資だ。これは奥田くんが持って帰ってくれ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「……プロテイン、なるはやでな」
真司が小声で囁く。
「あ……、はい。もちろんです」
「んじゃ、次は俺だな。吉野さん、準備はいいか?」
「アタシはいつでもいいよー」
「理性が効かなかったときのことも考えて、少し距離を取ってくれ。物理耐性と再生スキルを切るのを忘れるなよ」
真司が指示を出す。
「了解」
俺は忘れないようにスキルを切ってから、みんなから離れた位置まで歩く。
「このへんでいいか?」
100メートルほど離れたところで振り返って手を振る。
「オッケーだ」
真司が手を振り返す。
吉野さんが杖を俺に向け、魔力をため始める。
万が一に備えて、真司もライフルを構える。
俺は意識を集中させ、図鑑スキルの下にあるタブから、サーベリオンのアイコンのついたタブを選んだ。
体が魔力を帯びて光り始める。淡いオーラに包まれると、体の輪郭が崩れる。
一瞬小さく縮んだかと思うと、ブワッと大きく膨らみ、体中に獣の毛が生える。
サーベリオンに変わった俺は、四つん這いの姿勢で前方を睨みつける。
「荘太郎! 理性があるなら尾を振れ!」
真司が呼びかける声が聞こえる──
聞こえているんだが、サーベリオンと意識の綱引きが始まる。
「グオオオ……」
(お、大人しくしやがれ、コンチクショーっ!)
抵抗はあったものの、前回よりは意識の制御がしやすくなっている気がした。
俺は、頭の中のサーベリオンを押さえつけて、尾を振った。
「よし。じゃあ、やるぞ。吉野さん、頼む」
真司が吉野さんに向かって頷く。
「了解、いくよー。クープ・ドゥ・グラース!」
吉野さんが、俺に向かって勢いよく杖を振った。
巨大な光の刃が、暴走する車輪のように目の前に迫る──
何か考える間もなく、俺は意識を手放した。
ストックがなくなりましたので、またしばらくお休みです。
少し前に書いたことをすぐに忘れるので、見直しが必須。書いてすぐアップとか、絶対ムリ。
何話か書いて、辻褄があってるか確認してからじゃないと公開できない。
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