表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/121

2025年5月17日(土)私に似合うもの

夏休みが終わりましたね。またボチボチ投稿していきます。

軽い気持ちで書いたブラの話が、二転三転し、アイデンティティにつながる話になって、思いのほか長くなってしまった。

 ふみかと別れて広場の時計を見ると、まだ午後の3時。

 時間もあるし、ゆっくり桐ヶ谷さん用の買い物をしておこう。

 化粧品も必要だが、今日中に必ず買わなくてはいけないのは──ブラだ。



 一応、俺だって結婚していて、子どももいる。それに吉野さんの体で2週間過ごした。

 今さら女性の下着ぐらいでうろたえるわけがない……と思っていたのだが。


 桐ヶ谷さんの胸は、サイズも! 存在感も!! 今まで俺が知っている女性の中でダントツにケタが違いすぎる!!!



 だったら問題は、どこでブラを買うかだ。

 ユニクロみたいな万人向けの店では、合うものがないのは明らかだ。


 通販で買う?


 いや、胸の形は人それぞれだ。写真だけではフィット感はわからない。


 それに、桐ヶ谷さんには安物は似合わない。せっかくなら、俺の趣……いや、完璧に桐ヶ谷さんに似合うゴージャスなブラを選びたい。このスタイルで、地味めなブラなんてあり得ない。

 露出過多なファッションは心菜に怒られてしまったが、見えない部分なら冒険しても構わないだろう。


 となれば、下着の専門店にいくしかない。



 でもねー、体は女になっても、心は男のままなんだよ。

 めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん。じっくり女物の下着を選ぶのって。


 それに地元で買うのは避けたい。娘には擬態を一瞬で見破られたし、真司のような鑑定スキル持ちが他にもいる可能性がある。


 万が一知り合いにバレたら──



「……お前、そういう趣味があったのか?」



 ──とか言われるかもしれない。待ってるのは社会的な死だ。



 しかも、オリジナルの桐ヶ谷さんは、ふたつ隣の駅に住んでいる。生活圏がかぶっている以上、本人と鉢合わせする可能性はゼロじゃない。下着売り場でばったり会ったら……なんて言い訳したらいいんだ?




 安全策として、俺は京急に乗り、横浜へ向かった。


 まずは、店員が積極的に話しかけてこない店を探す。

 駅ビルのフロア案内を確認し、女性向けの店が並ぶフロアへ移動。



「大丈夫、今の俺は女なんだ。堂々と行け……」



 小声で自分に言い聞かせるが、全体的に明るいピンク色の下着売り場はどうにも入りづらい。

 ものスゴく、変態になった気分になる。


 なんとか売り場に足を踏み入れたものの──桐ヶ谷さんのサイズだと飾りのない地味ブラか、鎧のような重装甲ブラばかりだった。



 ……がっかりだ。ムダに恥ずかしい思いをさせやがって。


 どうやら、本格的な店で探すしかなさそうだ。



 ***



 そして俺は、デパートの一角にある、眩しい光を放つ店の前に立った。

 今日最大の山場だ。


 産婦人科と女性の下着売り場は、男にとって完全なアウェー。

 これが、コンビニでちょっと気まずい商品を買うときだったら、他の商品で挟むとかカモフラージュ出来るが、ここには下着しか売っていない。まったく身を守る術がない心細さを感じる。


 悩んでいる俺の横を通りすぎる女性たちは、気負うこともなく店へ入っていく。まるで勇者のように。



 ふう。まずは、深呼吸だ。

 今の俺は桐ヶ谷晴美。普通に買い物に来ただけ……。



 そう自分に言い聞かせていると、店員が静かに近づいてきた。



「何かお探しですか?」



 ──飛び上がりそうになった。

 が、辛うじて声は殺す。



 探してますよ。探してますけど──ど、どうする?



 顔が熱くなり、体はロボットのようにぎこちなくなる。



 落ち着け。単に、体に合う布切れを買うだけだろうが。



「あ、あの、ブ、ブっ……!」

「ブ?」

 店員が首をかしげる。



 “ブラ”と言うだけなのに。どうしてもその一言が言えない。



 逃げようか──?

 いや、ダメだ。桐ヶ谷さんには絶対ブラがいる。



『あの……代わりましょうか?』

 控え目な桐ヶ谷さんの声を聞き、俺は自分のなすべきことを思い出した。


(いや、桐ヶ谷さんだと、今まで通りの地味なブラを選んでしまいません?)

『それは……そうかもしれませんね』

(俺だったら、その……女性らしさを全面に押し出した、かなり思い切った選択ができると思うんです。ま、まあ、見ていてください。桐ヶ谷さんを唸らせるようなブラを手に入れて見せます!)



 そうだ。俺はただの変装ではなく、桐ヶ谷さんを本来のあるべき姿に変えなければならない。

 彼女の美しさを引き出す。それが俺の使命だ。



「すみません、あの……のサイズを……最近測ってなくてわからないんですが」



 ……勇ましいことを言っておきながら、俺はブラという単語を省略した。

 すごく負けた気分になったが、仕方がない。



 店員は俺の胸を一瞥し、いくつか候補を持ってきた。


 直視しづらいが、一度手にしてしまえば、気持ちも落ち着いてきた。



 そうだよ、たかが布切れ一枚でうろたえるほうがどうかしてる。



 ふと、隣にいる客の会話が耳に入った。


「ねぇ、これ谷間を作るだって。試着してみる?」

「黒だったらよかったのに」



 つい目がそちらに向いてしまう。



 うわっ、スッゲえ……。

 あんなの着るんだ。



 そういえば、ふみかは地味めなブラだった。

 吉野さんはかわいらしい系だが、ボリュームがちょっと……。



 俺の右横にいた女性が、真っ赤な生地に黒いレースの入ったブラを手に取った。


 思わず顔を見る。



 質素と言っては失礼だが、ごくごく普通の見た目の女性で、ブラとのミスマッチ感がスゴい。

 いや、“脱いだらスゴい”を目指しているのかもしれない。



 俺は対抗意識を燃やし、一番豪華に見えるフランス産のレースが付いたワイヤー入りのブラを手に取った。



 これならどうよ。



 勝ち誇ったようにレジへ向かおうとしたところで、桐ヶ谷さんが待ったをかけた。



『試着しないとダメですよ』



 試着室の横を見ると、メジャーを持った女性スタッフが待ち構えている。


 まるで死刑執行人だ。

 この緊張感あふれる空間から、さらなる密室へのいざない……。



(あれって……スタッフも試着室に入ってくるんですよね?)

 焦って桐ヶ谷さんに問い返す。


『はい。採寸はプロに任せたほうが確実ですし──それに、今の山村さんなら抵抗ないと思ってましたけど?』

(い、いや……めちゃくちゃ抵抗あるんですけどぉ!?)

『でも、すごく真剣に選んでくれたじゃないですか。下着にそんなにこだわるなんて、よほど女性になりたかったのかなって』



 は? 何の話だ。



(俺は別に、女になりたいわけじゃ……)

『違うんですか?』

(ち、違います!)



 ……違うよね?



 どうやら桐ヶ谷さんは、俺のことを“完璧な女性になりたい人”だと勘違いしていたらしい。



 いや、俺は”完璧な桐ヶ谷さん”になりたいだけだから。



 そういえば、風呂のときも、吉野さんみたいに「絶対に代われ」とは言わなかったな。

 ずいぶん開放的な人だなと思っていたけど、あれも誤解から生まれたやり取りだったのか。


 ──お互いの記憶を覗かない約束が、まさかこんな勘違いを生んでいたとは。




 誤解も解けたので、試着は桐ヶ谷さんに代わってもらう。

 そして、意識が戻ると──



(わ、スゴっ……何このつけ心地)



 試着室の鏡には、ゴージャスなブラを身に着けた自分がいた。

 なんつうの? ファビュラスでプレシャスなワタシって感じ。



『今まで付けたことがないタイプなんですけど……いいですよね、これ』


 桐ヶ谷さんも少し恥ずかしそうだが、かなり満足げだ。


(ですよねー。自分がワンランク上がった気がしません?)

『本当……。ただの下着なのに』



 いや、ブラはただの下着ではない。

 なりたい自分を演出するのに欠かせない小道具だ。

 ソフトなのにしっかり支え、まるで天使に抱かれているようなホールド感。デザインも文句なし。



(他人からは見えない部分とはいえ、これはヤバいな……)



 世間に広くお見せ出来ないのが残念なくらいの破壊力だ。

 SNSでチラっと……ダメだ。どんな事故が起きるか、わかったもんじゃない。



 スタッフに頼んで、試着したまま帰らせてもらうことにした。

 同じメーカーのものを3着ほど追加で購入。値段は張ったが仕方ない。


 これって、経費で落ちるかな? 変装用だし。

 あとで真司に聞こう。



「いやー、快適~♥」


 体に合ったブラは、こんなにも気分を上げるのか。


 一大ミッションを終えたご褒美に、デパ地下で普段は買わない高級食材を奮発してしまった。

すみません。夕方アップしたあとに、いろいろ修正しました。

山村が女性になりたがっていると桐ヶ谷さんが勘違いした、というのがどうもしっくりこないので。

また後日修正するかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ