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2025年5月2日(金)午後4時 いざ、ダンジョンへ

数字の表記、かなり迷いますね。

年月日と年齢は洋数字にしました。ここが漢数字になると、そこだけ江戸時代? みたいな雰囲気になるんですよね。

 探索者説明会の後、ダンジョンの基礎知識に関する筆記試験を終えてしばらく待つと、ロビーの大きなディスプレイに合格者番号が表示された。

 全員合格……かと思いきや、ところどころ番号が抜けていた。途中で辞退した者がいたらしい。


 説明会で話を聞いて、“こいつはどこぞのアトラクションとはワケが違う”と思ったのかもしれない。

 その感覚は正しい。俺だって異生物とはいえ、生き物を殴り殺すようなことはしたくない。


 一層にいるゴブリンは、映画に出てくるような醜悪な子鬼ではない。

 近所にいる小学校低学年くらいの大きさで、緑がかった肌をした、子どもみたいな外見だ。

 そんな相手を、何のためらいもなく攻撃出来る人間なんて、そうはいないだろう。

 ましてや、攻撃したときに赤い血しぶきでも上がろうものなら、多くの探索者は心を病むに違いない。



 ……とはいえ、実際には異生物の血は無色透明で、どれほど大きな個体であっても、死ねば黒っぽい灰となって消えてしまう。

 そのため、深刻なトラウマまでは残らない、らしい。


 まあ、たぶん……ね。



 実技講習の参加者は、貸与された防刃効果のある作業着の上下とグローブを身に着け、ナタか小ぶりのハンマー、腕に巻き付けるタイプのミニシールド、ヘルメットを装備した。

 どれも、ダンジョンショップで販売されている初心者向けの探索者装備一式だ。


 スタッフが、本人認証用のスマートバンドを全員に配っていく。


 俺は、説明会で担当者が実演していたバンドの装着ギミックをさっそく試してみた。

 シュルルっとバンドが伸びてくるところが面白くて、つい何度もやってしまう。


 学生たちは、あとでSNSに上げるつもりなのか、バンドの動作をスマホで撮影していた。

 肌に触れる感触はひんやりしているが、金属というより、なめらかな樹脂か有機素材のようなツルリとした手触りだった。



 俺はこういう本体とバンドの境目がわからない今どきのデザインより、機械式の腕時計のほうが存在感があって好きだ。

 最近は腕時計を使っている人も減った気もするが、俺は親父が俺の就職祝いにくれた昔ながらの腕時計をずっと使っている。


 この腕時計は、元々時計屋だった俺の祖父が使っていたものだ。祖父は、自分で時計を分解して手入れをしていた。

 細かい部品が多いから作業部屋には入れてもらえなかったが、祖父の手元をじっと見ていた俺は、必要な部品や手順を全部覚えて、祖父を驚かせたものだ。


 祖父の死後、時計は親父が形見として引き継いだ。親父は子どもの頃に俺が欲しがっていたのを覚えていて、”もうきちんと管理できる年になったから”と、譲ってくれた。


 オシャレでも高級路線でもない、頑丈一辺倒な昭和っぽいデザインで、ふみかには野暮ったいと不評だったが、俺は外さなかった。



 さすがに、最新型のスマートバンドと、レトロな腕時計の両方を同じ腕に付けるわけにもいかず、しばらく腕時計はお蔵入りだ。

 俺は、腕時計を丁寧にカバンに仕舞った。


 荷物はロッカーに仕舞って、スマホをスボンのポケットに入れる。

 電波が届かないと言われても、いついかなるときもスマホを手放せない──、現代人の性というべきか。



 通常なら応急手当の用具なども携帯するが、参加人数が多い上に荷物が増えると行動が制限されるため、講習会では必要最低限の荷物だけを持って行動することになっている。その代わり、ダンジョンのあちこちにサポートスタッフが待機している。



 準備が終わると、ダンジョンの出入り口にある電車の改札口のようなゲートに行き、スキャナーに腕のバンドをかざす。


 タッチアンドゴー。


 ピっという音がしてゲートが開いた。

 通りすがりに、チラっとスキャナー横の小さいディスプレイを確認した。



 ヤマムラ ソウタロウ

 Registration Code: 14111-766732M

 Achieve : 0

 Location:Konan 003, Yokohama City, JPN

 2025,0502,1558 : IN



 へー、こんなふうに表示されるのか。


 そういえばこのバンド、さっきスタッフが順番に配っていただけだ。それなのにちゃんと本人認証できたってことは──バンドそのものに個人情報が入ってるわけじゃないんだな。



 ……まさか、午前中の検査で、体に何か埋め込まれたんじゃないよな?

 一度認証してダンジョンに入ったら、他人のバンドは使えないって話だったし。どんな仕組みなんだか。

 シンプルに見えても、どこかの反社会勢力との攻防の末に生まれた超ハイテク機器、ってことか。

 なんかすごいね。



 Achieveは『到達階層』を意味すると、説明会でもらった資料に書いてあった。

 とはいえ、マンガみたいにダンジョンの中が階段でつながっているわけじゃない。異生物の種類や地形の変わり目ごとに、便宜的に『階層』と呼んでいるだけだ。


 ダンジョン全体は、巨大な螺旋を描いて地底に向かって伸びているアリの巣のような構造らしい。地下500メートルを超える深い階層では、地底とは思えないほど風光明媚なエリアも出現する。


 現在、自衛隊の深域攻略部が、富士宮ダンジョンで21階層の踏破を目指している。

 新しい階層が発見されるたびにテレビで特集が組まれるが、画面に映し出される光景は、まさにファンタジーの世界だ。



 ***



 ナンブのダンジョンは、建物の地下2階に入口がある。外から見ると、建物の横に古墳のように地面が盛り上がっている場所があり、建物が建つ前は、その横っ腹に開いていた大きな穴から出入りしていたらしい。

 その後、その穴を塞ぐ形で建物が建てられ、ダンジョンの出入り口には、まるで銀行の金庫室にありそうな頑丈な扉が設置された。

 元々は、異生物が溢れたときのための対策として作られたものだが、現在ではほぼ開けっ放しになっている。



 ダンジョンの中に入ると、湿った土のニオイと、真夏のイベント会場などに設置されているミストのような細かい水分が肌に触れる感じがした。湿度がかなり高い。


 壁面は、まるで炎に包まれた巨大な虫がのたうち回り、高熱で地面に穴を掘ったかのようにガラス化しており、黒曜石のような質感だ。


 薄暗いが、壁面がほんのりと発光しているため、懐中電灯は必要なさそうだ。天井はかなり高く、大きな溶岩洞窟と言ったところか。熱で溶け出した岩が途中で冷めて固まったように、天井から垂れ下がっていた。


 サポートスタッフが、アトラクションに乗客を乗せる係のように、四人をひとグループにして、時間を空けながらダンジョン内に送り出していた。




「ダンジョン内では複数人数で行動してください。行動するときはパーティー単位で行い、単独行動はしないでください」



 俺は、説明会のときに斜め前に座っていた女性二人と、後ろに座っていた男性でパーティーになった。


 出発前に軽く自己紹介ということで、ショートカットで背が高めの女性から話し始めた。



「はじめまして、横浜大学1年の長井縁です。大学にダンジョン・サークルがあるんですが、サークル活動で来るより先に、どんな様子なのか見に行こうという話になりまして。高校時代にフェンシングをやっていたので、それを活かせるスキルが出るといいなって感じですね」



 いかにも運動神経の良さそうな、さっぱりとスポーティーな雰囲気の子だ。落ち着いた喋り方で、聞いていて疲れないので、俺的には好感度が高い。

 ほとんどの初心者は、振り回せばなんとかなるハンマーを武器にするが、俺たちのグループの中で、彼女だけが幅広なナタを装備していた。なかなか殺傷能力が高そうだ。



「同じく横浜大学1年の吉野美玲です。縁ちゃんと同じサークルです。アタシ、小さい頃からずーっと魔法使いに憧れてたんです。ダンジョンで魔法が使えるってわかったのに、18歳にならないとダンジョンに入れないじゃないですか。アタシ、早生まれなので、同い年の友だちは先にダンジョンに入れたのにアタシだけ入れなくて。大学入試が終わって、サークルにも入って、やっとですよ、初ダンジョン! 今日は魔法が使えるようになるまで帰らないつもりです。よろしくお願いします!」



 こっちは魔女っ子希望か。テンション高っ。

 小柄でかわいらしい子だが、よく喋って、よく動いて、女子力高めというか、なんとなく派手な感じ。全体的にエネルギーのムダ遣いをしているみたいで、俺はちょっと苦手なタイプだ。



「横浜金沢大4年の奥田孝です。ボクは、攻撃には向いていないので、鑑定か、あるいは錬金スキルが欲しいです。どちらもまだ未発見のスキルだけど、ホントにあったら凄いですよね。何でも自分が思う通りのモノが作れたら……アレとか、アレもいいな。でもやっぱり……」


 いかにも研究・開発職に向いていそうなメガネの男性が、女性のほうに視線がいかないようにボソボソと話し出した。

 どうやら女性と話すのは苦手らしい。



 他人事ながら、オマエせっかくナマの女子大生が目の前にいるんだから、もっと攻めろよと思ってしまう。──自分が彼と同じ年だったときに、それが出来たかというと全然ムリだったけど。


 でもね、年を取るとわかることってあるんだよ。

 異性との出会いはね、ホントに一瞬しかチャンスがないの。その少ないチャンスを見逃したらダメなの。


 なんだったら、このあとで飲み会でもセッティングしようか?

 俺、元営業職だから、口は上手いほうだよ。オジさんに任せて……あ、自分でオジさんって言ってるよ、ヤっバ。

 しかも、これって、ウザい上司パターンだ。30代なのに、もう老害かよ。



「どっちが欲しいかって言ったら、やっぱり『鑑定』ですよね。この世の全てがわかるかもしれないし。でも、『錬金』も捨てがたい。もしかしたら、研究だけやって生きていけるかも。あ、あとスライムが好きで、今日は生のスライムを見るために来たようなもので……就職はスライムの研究が出来るならどこでもいいんですが、一応……」



 これはあれだな。3年生のうちに就職先の目星もつけられなくて、一か八かダンジョンに来たパターンじゃないの? ちょっと将来大丈夫?

 でも、スライムはいいよね。



 さて、俺以外、全員大学生だ。

 若者の中にポツンとオッサンが混ざっている、何とも言えない違和感。


 いや、俺だってまだ30代。四捨五入したくない年頃なのが悔しいが。さすがに、まだこの子たちの親と同世代ってわけじゃない……よな?


 でも、18歳の子とか、俺からするとダブルスコアじゃん。うーん、接点がなさすぎて、キツいかも。

 このメンツで唯一の社会人として、リーダーシップを発揮するべきだろうか……。



 そういえば、俺が大学生の頃は、ちょうどガラケーからスマホに切り替わる時期だった。一方、彼らは物心ついたときからスマホが当たり前で、SNSを見ながら育った世代だ。


 もう、育った文化が違い過ぎる。俺の常識が、そのまま通じると思わないほうがいい。

 そんな文化の違い……というか、“空気”をうまく読み取って、年下の面倒をみるようなマネが俺に出来るか?


 そもそも、俺は昔から空気を読むのが苦手だ。

 というか、あえて読まない。

 読めないんじゃないよ。読まないんだ。ホントに。


 相手の顔色を伺うなんて、いちいち面倒くさいし、自分の思った通りにやったほうが早いじゃん。


 営業職は空気が読めるほうが有利だと思われがちだが、俺は直球勝負でやっていた。

 細かい駆け引きよりも、ストレートに物を言う。

 意外と気に入ってくれる客もいて、営業成績は悪くなかった。


 ……だからといって、最後までうまくやれたわけじゃない。結局、すったもんだの末にクビになったしな。



 まあいい。

 どうせ一回限りのパーティーだし、率先してリーダーシップを発揮するより、困ったときにフォローに回ってやるくらいでいいだろう。影の実力者って感じ?

 普段は物静かで目立たないけど、ここぞというところで表に出るんだよ。そのほうがカッコいいだろ?

 決して目立たない。



 ……と言いながら、俺は、初めてダンジョンに入ったことと、久しぶりに大勢の人(対面で二人以上は大勢だと感じる)と話す機会に恵まれたため、すっかりテンションが上ってしまった。

 なので、今の自分の精神状態がどうなっているかということを、すっかり忘れていた。



「山村荘太郎、36歳です。職業は……、フフフ、無職です!」


「……」

「……」

「それは……大変ですね」



 アレ、外したか?

 ヤダー、なにそれとか、軽い笑いを狙ってみたんだが。



「そのちょっと前には妻に逃げられまして……、ハハハ」

「それは……」

「まあ……」

「なんというか……」



 みんながかわいそうなものを見る目で俺を見る。


 違う、そうじゃない。俺がしたかったのはそれじゃない。


 そういえば、新入社員を交えた会社の飲み会で、渾身のギャグが伝わらなかったときもこんな空気だったわ。


 はっ! ギャグとか死語か?


 影の実力者はどこに行ったんだよ。影、影!

 もう、スポットライト当たりまくってるじゃんかよ。

 今のは聞かなかったことにしてくれ。いっそ殺して! もうイヤ!



「俺も魔法系のスキルがいいですね。昔、オンラインゲームをやっていたときは、魔法か弓の遠距離攻撃が多かったです。スキルが生えたら、皆さんの背中を遠くから見守ります。安全第一。今日はよろしくお願いします」


 俺はクールダウンを余儀なくされたため、何事もなかったかのように、至極真面目な顔をして礼儀正しく挨拶を済ませた。



 俺の挨拶のあと、しばし沈黙が流れた。




「……えっと、よろしくお願いします?」


 何か発言しなくてはいけないがなんと言ったらいいかわからない長井さんが口火を切ると、他のメンバーも釣られて返事をしてくれた。



 そうそう、礼儀は大事。


 ちなみに、野良パーティーに入るときは礼儀が大事というのは、俺が最初にプレイしたオンラインゲームで覚えたマナーだ。


 ネットでは、相手の年齢も性別もわからない。なので、俺は、話している相手がネカマだろうとネナベだろうと対応できるよう、あえて中性的なキャラを演じて、礼儀正しく振る舞うのが習慣になっていた(あくまでゲームの中では)。

 ソロじゃ厳しいクエストで困ってる人がいれば手伝ったし、パーティーリーダーも率先して引き受けた。

 そうやって、見ず知らずの他人と信頼を築いていくことが、オンラインゲームの面白さだと思っていた。


 ──だが、それをぶち壊すのがPKだ。

 対人戦が出来る仕様だからといって、ゲームの中で何をしてもいいってわけじゃない。

 他人とのやりとりに楽しさを感じる俺と、無遠慮に他人の時間を奪いにくるPKは、最初から相容れない存在だった。


 ソロで素材集めをしていた俺を、後ろから弓で攻撃してきた○○○のことは、あれから15年も経つのに、未だに忘れられない。


 ちなみに、○○○は、伏せ字じゃなくて、ホントにそういうプレイヤー名だ。

 殺された俺は、買ったばかりのミスリルアーマー(ビキニタイプ)を落として、そのまま○○○に奪われた。



「コ、コイツ、俺の、どこを守ってるんだかわからないビキニアーマーを盗りやがった……!」

(※装備を落とすと、初期装備の貧相なワンピースに戻る仕様)



 ブチ切れた俺は、ワールドチャットに「PK殺すぞ、集まれ!」と叫び、有志を募って○○○を追い回した。

 プレイヤーを殺すと名前が赤くなり、5分間ログアウトできない仕様だったので、○○○を殺しては復活させ、また殺し──を繰り返した。


 画面に映る参加者全員が赤ネームになり、倒れた○○○の上で勝ちどきを上げるようにダンスモーションを連打。

 その様子をスクリーンショットに残したのは、今でもいい思い出だ。


 真の勇者なら、己を鍛え上げ、自分の手で敵を倒すべきだと主張する者もいるだろう。あるいは、廃課金して、金の力で勇者になるか。


 だが、時間は有限だ。金だって、タダで手に入るわけじゃないんだし。

 だったら、人数集めてやり返したほうがいいって。質より量。


 俺がゲームをする上での、生き残り戦略は、結局大手のクランに入ることだった。色んな人がいて、チャットしてるだけでも楽しかったし。


 どんな崇高な目標を掲げたところで、人が集まらなければ何にも出来ない。

 寄らば大樹の陰。ソロでネトゲをやったって、すぐに飽きるじゃん。



 そういえば、あのゲームってまだ残ってるのかな。当時月額3千円もしたのに人気があったのは、あのビキニアーマーのおかげだったと思うんだよな。


 アレを着せるアバターは、必ずダークエロフ……、いやダークエルフで。

 基本無料のゲームとはクオリティが違ったもん。うん。


 とにかくビジュアルが良くて、何を着せようかアレコレ試すのが楽しかった。

 時々チャットに、妖艶な美女っぽい思わせぶりな書き方をすると、本気で俺に惚れるヤツもいたっけ。俺がログインすると、すぐに話しかけてきて──



 ……あれ、俺ってネカマだったのか。


 なんかゴメン。そんなつもりはなかったんだけど。

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