2025年5月17日(土)心菜(5歳)とココちゃん(?歳)
「真司っ!」
俺は事務所に飛び込むと、机に向かっていた真司の前に心菜を連れてきた。
「どうしたんだよ? 大声出して……。心菜ちゃん、こんにちは。大きくなったね」
真司は心菜に声を掛ける。
心菜は、俺の後ろに隠れて半分だけ顔を出す。
「……こんにちは」
ちいさく挨拶を返した。
「えらいねー、お返事出来たね」
真司がそう言いながら、心菜に笑顔を向ける。
俺もニッコリして心菜の髪を撫でる。
「……って、それどころじゃないよ。心菜を鑑定してくれ。絶対スキルが生えてるはずだ」
「子どもにスキルが生えるわけないだろ? ダンジョンにも入れないのに」
真司はそう言いつつも、前のめりになって心菜の顔をじっと見る。
「……スキルはないが、魔力が少し……見えるな」
「は? どういうこと?」
「心菜ちゃんに魔力があるんじゃなくて、魔力を帯びた何かのそばに長時間いたとか……」
「残り香みたいなもんか」
「そんな感じだな。だが、たとえ魔水を飲んだとしても、長時間体に魔力が残留するもんでもないし……こうなった原因まではわからないな」
真司は、お手上げというふうに首を振った。
俺は心菜に向き直る。
「スキルがないのに、どうして心菜は俺……っていうか、この“お姉さんが”パパだとわかったんだ?」
そう言って、俺は自分を指差す。
「ココちゃんが教えてくれたの」
「ココちゃん……ああ、見えないお友だちか。今も一緒にいるのか?」
「さっきまでいたけど、今はいないよ」
「どこへ行ったのかわかるか?」
俺がそう聞くと、心菜は事務所から出て、500メートルほど先にあるナンブの建物の下を指差した。
それを見て、ぎょっとした。
「ま、まさか……ダンジョン?」
「おい、もしかして、ココちゃんってのは……異生物なのか?」
真司が青ざめる。
「おいおい。地上を自由に出歩けて、しかも見えない異生物だって? そんなのがいるってわかったら、世の中パニックになるぞ」
俺は真っ青になった。
「……だが待てよ。ホントにそんなわけのわからない異生物がいるかな? 今まで噂にもなってないだろ?」
「そいつは希望的観測だろ。見えなかったから、今まで見つかってなかっただけなのかもしれないし。……それに、そういうオマエだって、相当わけのわからない生物だぞ?」
「それは……確かに。まあ、ダンジョンのやることにいちいち驚いていられないか。──だが、ふみかになんて説明したらいいんだ?」
「それは……スキルがない一般人には、魔力についての説明はしづらいな。でも、異生物が心菜ちゃんにつきまとってるなら、なにか対策が必要だ」
俺と真司が頭を抱えていると、心菜が近寄ってきた。
「パパ、ママに写真を送るんじゃなかったの?」
そう言われて、ふみかに写真を送ってやる約束をしたことを思い出した。
「あ、そうだ。真司、心菜と写真に入ってくれ。ふみかを安心させてやらないと」
事務所の入口前に、真司と心菜を並ばせてスマホで写真を撮る。
「えーっと、”心菜ちゃんと、パパの新しい仕事場を見学に来ました”……と。これで送信。これならふみかも安心するだろ」
俺がそんなことをしている間、真司はずっと難しい顔をしていた。
「ココちゃんは、すぐに帰ってくるかな?」
真司は、心菜の前にしゃがみこんで問いかける。
「わかんない。ときどきパッといなくなって、すぐに戻ってくるときもあるし、いつの間にか帰ってくることもあるよ」
「心菜ちゃんがどこかに移動しても、あとから付いてくるの?」
「そうだよ。ココちゃんは、わたしがどこにいるか、わかるみたい。それにココちゃんは、悪い子じゃないよ」
「心菜に害がないならいいんだが……」
俺は椅子に座って、心菜を膝に乗せる。娘の体温を感じ、緊張がほぐれる。
とりあえず、今すぐ娘に何かが起こるわけじゃないと思ってもよさそうだ。
「ココちゃんか……。一度会っておきたいな」
「なあ、心菜からココちゃんにお願いできないのか? 今度パパに会って欲しいとか」
「わかんない。……ねえ、パパ、ご飯食べに行こうよ。お腹すいた」
「ああ、もうそんな時間か。このへんだと、焼き肉か、そば屋。少し行ったところにファミレスもあるぞ。何が食べたい?」
俺は、壁に掛けた時計を見ながら、心菜に尋ねる。
「ハンバーグ」
「じゃあ、ファミレスに行こう。そのあとはお買い物して、ママのところに戻ろう。それでどうだ?」
「いいよ」
「真司も一緒に行くか?」
「いや、オレはそば屋で済ませておくよ。明日は家探しで潰れちまうから、今日中にやることはやっておかないと」
「わかった。心菜を送ったら、桐ヶ谷さんの服とか日用品を買って先に帰るよ」
「了解。ココちゃんのことは、また夜にでも話そう」
「そうだな」
心菜を連れてファミレスに入った。
料理をオーダーし、心菜の分のドリンクも取ってきてやる。
「心菜、お外にいるときは、“パパ”って言うなよ。今のパパは“お姉さん”だからな」
「いいよ」
「あ、ご飯を食べているところも、ママに送っておかないとな」
俺は心菜がハンバーグを食べている写真を撮り、ふみかに送る。
「デザートも食べるか?」
「そんなにいっぱい食べられないよ。おうちを出る前におやつを食べたから」
「おやつ?」
「ママがね、パパは計画性がないから、お昼がいつも遅くなるって言ってたよ」
それは失礼しました。
「前はそうだったけど、あれはさ……せっかく出かけたんだから、美味しいものを食べたいじゃん? でも並ぶのも面倒だからさあ……だったら、何でもいいじゃんってなっちゃうんだよ」
俺は一生懸命言い訳を考える。
「パパのそういうところが、ママはイヤだったんじゃないの?」
はい、そうだと思います。
「心菜はしっかりしてるなあ。なんだか大人と話してるみたいだ」
「もう5歳なのよ。ママのお手伝いだってできるんだから」
「苦労をかけてすまないねえ」
「そういう言葉のあとは、“それは言わない約束でしょ”って言うのよ」
「……誰に教わったの、そのセリフ?」
「ココちゃん」
ココちゃん……時代劇でも見てるのか?
ファミレスを出て、駅ビルのファッションフロアへ。
心菜の洋服をいくつか見繕いつつ、桐ヶ谷さんの服もチェックしておく。
オリジナルの桐ヶ谷さんは、普段けっこう地味らしいので、まずファッションで差別化しておきたい。
それに、この顔とスタイルよ?
超ミニとか、超タイトな服とか、絶対似合うと思うんだけど。
試着室に入って、アレコレ試してみる。
鏡の中の姿に、桐ヶ谷さんは抵抗があるようだ。
『ちょっと、やりすぎじゃないですか?』
「いやいや、変装を兼ねてますので。やりすぎなくらいがちょうどいいと思いますよ」
とりあえず、第三者の意見を聞こう。
「心菜、このお洋服はどうかな? これだとカッコいいお姉さんに見えない?」
試着室のカーテンを開けて心菜に聞いてみた。
心菜はしばらく俺を見つめ、首を振る。
「もっとかわいいお洋服がいいと思うわ」
「心菜には、まだ大人のファッションがわからないのかもしれないな」
「おへそが出る服は、ママに怒られるわよ」
「そうかなー。見てよ、このウエスト。見せびらかしたいじゃん」
「隠しておいたほうが、価値が出るものもあるのよ」
オマエ、いったいいくつだよと、ついツッコミそうになる。
「それに、私がそういう服を着て、保育園に行くって言ったら、パパはどう思う?」
ぐっ。子どもに諭されてしまった。
仕方なく露出多めの服は諦め、代わりに、ゴツくて強そうなアクセサリーを買うことにした。
心菜には、かわいい動物イラストのついたTシャツと、キラキラのついたサンダルを買った。
「かわいい~。このサンダル、保育園にはいていってもいい?」
「これは、保育園には合わないよ。履いていいのは、お出かけのときだけな」
俺がそう言うと、心菜もしぶしぶ頷く。
「そろそろママのところに戻るか」
俺は、心菜と手を繋ぐ。
「うん。今日はたくさんお買い物したね」
「そうだな。……なあ、心菜。パパがいろんな人の姿に変身するのは、ママにはナイショにしてくれるか?」
「どうして?」
「きっとビックリすると思うんだ。普通の人は、他人の姿に変身したりしないからさ」
「変身するのがママにバレたら、もう会えなくなっちゃう?」
心菜の言葉に、俺はドキっとした。
「そういうこともあるかもしれないな……。ウルトラマンとか、正体がバレたら故郷の星に帰ったりするし」
「じゃあ、ぜったい言わないね」
心菜はそう言って、俺の足にしがみついてきた。
心菜は言われたことはちゃんと守るだろう。
だが、こういう姿を見ると、言葉使いは大人びていても、まだまだ子どもなんだなと思う。
電車から降りて駅前の広場に戻ると、ふみかがベンチで待っていた。
うまく気分転換出来たのか、少し顔色が明るくなった気がする。
「おまたせしました~」
俺はつないでいた手を離して、心菜をふみかに渡す。
「おかえり、心菜」
ふみかはホッとしたように心菜の髪を撫でる。
「山村さんから、買い物も任されていたので、心菜ちゃんのTシャツとサンダルを買いました」
そう言って、買い物袋をふみかに渡す。
「まあ……、買い物まで。ありがとうございます」
「何か困ったことがあったら、遠慮せずにいつでもご連絡ください。面会日じゃなくてもいいですよ。名刺に書いてある電話番号だったら、私が”どこにいても”繋がりますから」
「そうですか……」
「じゃあ、私はこれで失礼しますね。心菜ちゃん、またね」
「うん。“お姉さん”もまたね」
心菜は、言われたとおりに、ちゃんと“お姉さん”と言った。
うんうん。うちの子は賢いね。
夏休みなので、少しお休みします。
あちこちお出かけする予定です。




