2025年5月2日(金)午後3時 人の話は聞いておけ
本文中にあるこの三ヶ条、記憶に残していただけると助かります。
・ダンジョン内に安全地帯はない
・取得出来るスキルは一種類のみ
・ダンジョン内は魔力で満たされている
スキルや魔法の設定は作者によってまちまちなので、このお話の中ではこのルールです。
これは、徹底していかないとワケがわからなくなると思ったので明記しておきます。
ただ、あくまでも前提なので、ここから発展して変化する可能性もあります。
セミナールームに戻ると、真ん中の後方に空席がいくつかあったので、俺はそこに座った。
あたりを見回すと、友人同士で来ている学生グループが多く、ガチでやりそうな探索希望者は少数だ。
すぐ近くにいる、いかにもその筋の男は、“縄張りの見張り”に駆り出される暴力団の下っ端だろう。
俺はちょっと席をずらした。
なるべく関わり合いにならないようにしなくては。実技講習で同じグループになったらマズい。触らぬ神に祟りなし。
ふと、前方の席からこちらを見ている若い女に気がついた。化粧っ気のない顔をみた瞬間、子どもの頃の姿が脳裏に浮かび、すぐに誰だか思い出した。
ヤベえ、真司の妹じゃん!
俺は急いで顔を伏せた。
誰にも見られたくないと思っていた場所で、知り合いに会う気まずさ。
俺は高校まで、坂の多い町に住んでいた。
チャリではどこへ遊びに行くのも移動がキツいので、こっそり原付きバイクの免許を取りに二俣川の試験場へ行った。
当時、どの学校でも生徒にバイクの免許を取らせない運動をやっていたので、大っぴらにバイクを乗り回しているヤツはいなかった。
だが、バイクの免許を取るのは憲法で保証された正当な権利だとかなんとか反発した生徒が何人かいて、バッタリと試験会場で居合わせてしまった。
知った顔なのに、お互い知らないふりをしたときの気まずさと言ったら……。
顔を伏せたままチラっと様子を伺うと、向こうはプレーリードッグみたいに立ち上がって俺のほうを見ていた。
ぐおお、なんでそんなにガン見するんだ。なんだっけ、あの子の名前。みのり……じゃなくて、何か『み』が付く名前。あ、美鈴だ。
えーっと、俺と真司が高3のときに中1だったから、5歳下か。30歳超えてるじゃん。こんなところで何やってんだよ、オマエ──って、俺も人のこと言えないけど。
俺は両手で頬杖をついて顔を隠しながら、机に置かれた資料を熟読するフリをした。
美鈴のアニキ、小沼真司は、実家の近所に住んでいる同級生で、小中高と同じ学校だった。真司とはそれほど仲がいいというわけでもなかったが、ずいぶん前に横浜駅で偶然会って、それ以来、たまに飲みに行くことがあった。
ヤツも、二俣川でバッタリ出くわした生徒の一人だ。高校では生徒会長をやっていたくせにけしからんと、自分のことは棚に上げて思ったことを覚えている。
真司は、大手の銀行に就職し、美人でグラマーな奥さんと結婚して、子どもが二人いる。まさに人生の勝ち組だ。
そういえば、最近会ってなかったな……。
この前会ったときは、転職したいとか言ってたっけ。要領のいいヤツだから、今頃、もっと条件のいい職場に転職してるかもしれないな。
もしアイツがダンジョンに興味を持てば、それこそ勇者にでも転職出来そうだ。
こっちは、無職の上に、嫁にも逃げられて、ダンジョンで魔法使いになれたらいいなって……。あー、クソ、一体何の罰ゲームだよ。もう、帰りたい。
絶対知り合いに会いたくなかったのに、よりによって、こんな状況で──
だが、帰る間もなく、事務方とは思えないガッシリした体型の男が部屋に入ってきた。
壁に掛けられた大型のスクリーンをバックに、演壇に立った男が口を切った。
「えー、神奈川県深域管理機構港南支部、安全講習監督課、主任の向井です。本日は大変多くの方に探索者説明会へご参加いただき、ありがとうございます。
通常、これほど多くの方がご来場いただくことはないので、案内が遅くなってしまったことをお詫びします」
向井は壁に掛かった時計に目をやった。
「それでは、これより探索者説明会を始めます。30分ほどのお時間を想定していますが、時間が押してしまいましたので、このあとの筆記試験、実技講習を別日に回したい方は、受付で次回講習案内を受け取ってからお帰りください」
「え~、どうしよう。最後までやってく?」
「バイトの都合もあるし、できるだけ今日中に全部終わらせておきたいかな」
斜め前の席に座っているショートカットとゆるふわパーマの二人組が小声で話しているのが聞こえた。
18歳未満は探索者になれない。ということは、女子大生か社会人か。
なんだかツヤツヤしている気がする。肌つやとかじゃなくて、なんと言うか……、彼女たちの周りだけ別空間という感じ。
そうか、これが溢れる若さというやつか。確かに、何か溢れている気がする。
きっと彼女たちは、周りの空気ごと移動するのだろう。
向井は深呼吸をひとつしてから、ホワイトボードになにやら書き始め、ゆっくりと話し出した。
「細かい点はあとから説明いたしますが、まず重要なポイントを上げます。この三点は必ず頭に入れておいてください」
・ダンジョン内に安全地帯はない
・取得出来るスキルは一種類のみ
・ダンジョン内は魔力で満たされている
「ダンジョン内に安全地帯はない、という点に関してですが、ダンジョン内に異生物が湧きにくい場所はあっても、絶対安全という場所はありません。そのため、休憩する場合は交代で見張りを立てる必要があります。ですので、初心者がソロでダンジョンに入ることは避けてください」
向井は会場全体に目をやり、話を続けた。
「ソロの危険性は……、そうですね。──皆さんは、テレビやネットで山からイノシシが降りてきて畑を荒らしたとか、動物園の猿が逃げたというようなニュースが聞いたことがありませんか。警察官が何人も出てきて追いかけ回し、結局捕まえられなかったというような」
うんうん、時々聞くよね、そういうニュース。
会場の何人かが頷く。
「ダンジョンで最初に接触する異生物は……、ファンタジー映画などに出てくる、スライムやゴブリンに近い生物と言っていいでしょう。一応、世界深淵管理局(GAMA)が決めた正式名称は、グルーム(Gloom)とノッグル(Noggl)と言うんですが。──まあ、とにかくそのゴブリンが、野生動物と同じスピードで自分に飛びかかって来るところを想像してみてください」
ゴブリンは見た目がモンスターっぽくないということもあって、SNSなどにアップされる動画にはあまり出てこない。醜悪なモンスターというより、肌色が緑っぽい小学生みたいな感じ。
そのため、ダンジョンをよく知らない人には児童虐待に見えて、通報されることが多いんだとか。
スライムは、アニメの影響なのか結構人気がある。皮膚が半透明で、プルプルとした感じ。
弱いと言っても異生物なので、SNSに載せようとして不用意に抱きかかえたら手が溶けたとか、たまにそういう事故が起きているらしい。
想像してみろ?
ゴブリン、ゴブリン……。
うーん。棍棒を手にドタドタ歩く、アニメっぽい子鬼しか想像できない。
身近なところにいる、すばしっこくて捕まえづらそうな生き物と言えば──
そういえば、部屋の中にGが出たことがあったな。
名前を口にするのも嫌なので、俺の脳内であの黒い虫はあくまでもGだ。
よちよち歩きの娘がGを捕まえようと向かっていくので、妻が慌てて駆け寄り、新聞紙を丸めて追い払おうとした。
追い払うな、叩けと言おうとしたところ、Gが俺に向かって飛んできた。
──死ぬかと思った。
なぜ殺虫剤のメーカーは、G関連の商品にGのビジュアルを印刷するのか理解不能だ。
今にも商品からGが飛び出して、噛みついてきそうな気がして近づくことさえ出来ない。触ったらバイキンがつきそうだし。
据え置きタイプのG捕獲器も、家具調とか、部屋に置いても違和感のない外装にするべきだ。間違っても、ニッコリ笑ったGが窓から顔出してるビジュアルじゃないんだよ。かわい子ぶったって、全然かわいくないだろ。気の使い方を間違ってるとしか思えん。
ふぅ。つい脳内で興奮してしまった。
とにかく、俺が今までに死ぬ気で戦った経験は、そのくらいだ。
あのときのGが、ゴブリンだったら、ということか。まあ、それだったら想像できなくはないが──
ムリだな。うん。ムリムリ。
探索者をやろうなんて、俺の柄じゃなかった。
ヒーローに憧れる気持ちはあるけれど、理想と現実は違うんだよ。
やっぱり帰ろう……あ、っていうか、もう金払っちゃったじゃん!
クッソー、マジかよ。講習だけ受けていくか?
いや、失業保険の受給条件が、ダンジョンに入る前提だし……。
ぐううう。今さらやめられない。
「このナンブで…、いや日本のどのダンジョンでも、スライムやゴブリンに殺された探索者はいません。しかし、それは複数人数で行動し、決して油断しないというルールがあってこそということを、肝に銘じていただきたい」
向井は、ソロで活動しているのは十分に経験を積んだ探索者だけで、新人がソロで活動する危険性を、何度も繰り返し説明した。
これだけ言われても、自分は大丈夫と謎の自信を発揮する者は必ず出る。
そして、慣れたと思ったときに事故は起きるものだ。
ダンジョンでの死亡事故の多くは、大型で危険な異生物がいる深部層ではなく、初中級レベルの探索者が活動する階層で起きている。
ソロ活動が禁止されていないのは、高額な資源の取り合いが起こってパーティーが壊滅するより、欲に駆られたソロ探索者が一人で自滅するほうが、トータルの死傷者数が少ないからだ。
人の命を軽んじるとは何事だと言うのなら、そもそもダンジョンなんかに関わってはいけない。誰も大っぴらには言わないが、ダンジョン内は、治外法権の無法地帯と変わらない。とにかく命より金だ。
だいたい、マスコミが、ダンジョンのエンタメ部分ばかり取り上げるから事故が起こるんだ。
まあ、どうせ騒ぎが起きても、どっかのスポンサー様が握りつぶすんだろうけどな。
パーティーを組めば安心かと言えば、実際はそうとも言い切れないらしい。
メンバーは、リアルなつながりのある友人か。それともネットで知り合っただけの人物か。いざと言うとき、自分を助けてくれる人間だろうか。
騙して装備を巻き上げられたり、危険な場所に置き去りにされるようなことは、絶対にないと言い切れるか?
どんな人間であろうと、お宝を目の前にしたら、魔が差すことだってあるはずだ。
『魔が差す』とは、ダンジョンにおける人間の欲の本質を突いた、実に言い得て妙な表現だと思う。
「では次に、スキルについて」
向井がそう切り出すと、それまで興味無さそうに話を聞いていた学生グループが、小声で何か言い合いながら身を乗り出した。
一番興味があるところだもんね、スキルの話題って。
「異生物の討伐を進めていると、ごく稀にスキルを取得することがあります。取得という言葉が適切なのかどうか……。発現、あるいは、一般では、よく“スキルが生えた”という言い方をしますが」
会場に小さく笑いが起きた。
「スキルは、個人のイメージが強く影響した形で発現すると言われています。戦闘能力を上げたいと思っていると、身体強化のスキルが発現するように。初期の探索者に身体強化のスキルが得た者が多いのは、実戦での必要性がそのまま反映された結果だと考えられています」
向井は言葉を切って、会場を見渡す。
「また、当初は人間が魔法を使うという発想自体がなかったので、初期の探索者に攻撃魔法の使い手はいません。身体強化と攻撃魔法の両方を得た者はいないため、スキルは一人一種類しか取得できないと考えられています。あくまでも、現在わかっている範囲では、ということになりますが──」
なるほどね。
まだ記憶に新しいが、最初に攻撃魔法が使える人間が現れたとき、世界は文字通り騒然となった。
ダンジョン内の不思議な力で身体能力が上がるなら、魔法も使えるようになれるのではと考えた人がいたのだ。
ハリポタ好きな外国の探索者が、火炎魔法のスキルを取得したのをきっかけに、SNSでは魔法使いが爆発的人気となった。
それ以降、様々な魔法が発現し、魔法を使える探索者はどんどん増えていった。
「私にも身体強化のスキルがあります。例えるなら、体の中に力の塊ができて、そこから体全体にエネルギーが流れていく感じでしょうか。通常なら重くて動かせないようなものが、簡単に動かせるようになります」
そりゃスゴい。
「先程上げた“ダンジョン内は魔力で満たされている”という注意点に戻りますが、スキルが使えるのは、“探索者の体が魔力を感じ取れるようになる”からです。この点については、あとでダンジョンに入ったときに実際に体感出来るので割愛します。ダンジョン内の明るさに注目してみてください」
なんかイベントでもあるのかね。
「また、スキルを取得することが出来ても、ダンジョンの中と外ではスキルの働き方が大きく違うので、注意が必要です」
どのくらい違うのかと、前列のやや年配の男性から質問が上がった。
「ダンジョンの中なら、10トントラックを投げ飛ばすくらいは出来ます。地上だったら……そうですね、脱輪したトラックを溝から出す程度の力なら出ると思います」
「縦列駐車で困ったときに役立ちそうですね」
質問した男性が笑った。
会場からも、笑いが起きた。
いや、便利でしょ、それが出来たら。レッカー車を待ってる手間が省けるし。
窓際の小柄な女性が、スキルが取得できた状況を尋ねた。
「私の場合は、突然異生物に攻撃されて、──ほんの一瞬、死を覚悟したときです。他の探索者にも聞いてみましたが、生命の危機にさらされた場面でスキルが発現したという例が多くありました」
会場が静まり返る。
「ただ、必ずしも極限状態でないと発現しないわけではなく、中にはあっさりとスキルを取得する人もいます。スキルの仕組みについては、正直なところ、まだわかっていないことが多いのが現状です」
明らかにホッとした空気が流れた。
それなら、俺にもまだ、魔法使いになるチャンスは残っていそうだ。
スキルの話題は最大の関心事だけに、その後も同じような質問ばかり上がった。
「余談ですが、アメリカでは、超人ハルクの大ファンだという探索者が、体が緑色になって巨大化するスキルを取得したそうです。普段からファンタジー映画や小説などを見てイメージを膨らませておくと、スキルの取得に影響があるかもしれません」
「おお……」
向井の言葉に、会場がざわめいた。
変身して強くなるってパターン、アメリカ人は好きだよな。スーパーマンみたいな。
そういえば、バットマンって、ヒーローと言う割に……何か特殊能力あったっけ。
車はカッコいいけどな。
日本でヒーローモノと言えば、ウルトラマンとか仮面ライダーか……。
もしかして、ヒーローって、基本的に変身するものなのか?
まあ、変身する理由に、玩具メーカーの意向を感じなくもないが。
娘が毎週見ていた、カラフルな髪の女の子がたくさん出てくるアニメ。あれも変身モノに入るのかな。
アニメに出てくる魔法使いって、だいたい女の子だよな。
そういえば、ニュースで「女性のほうが魔法スキルを得やすい」って統計を見た気がする。魔法を使うにはイメージ力が大事だって言われてるけど、それってアニメの影響なんじゃないのかな。
「何か、他にご質問はありますか?」
向井が促すと、数人の手が挙がり、スキルツリーについての質問が飛んだ。
「スキルツリーとは、スキルの成長を示す概念です。スキルが段階的に“レベルアップ”していくわけではなく……、あえて言うなら“イメージによる自己発展型”と思ってください。例外もありますが、基本的にはスキルを使えば使うほど、少しずつ使い勝手が向上し、『派生スキル』が現れることもあります」
スポ根的な頑張りじゃ身につかないってことね。
「感覚的なものを言語で説明するのは難しいのですが……。私の場合は、説明書のない機械を手渡されて、手探りでいじっているうちに、だんだん自由に使いこなせるようになった、という感覚に近いです」
俺は説明書自体読まないけどな。
「最初の取っかかりをつかむまでは苦労しますが、一度コツをつかめば、それを起点に自分のイメージ通りにスキルを成長させていけるようになります。まるで、植物が空に向かって枝葉を伸ばしたり、地中に根を深く張っていくような……そんな広がり方をします。これが『スキルツリー』と呼ばれる所以ですね」
「自分にはツリーどころか、芽も出ない気がします」
質問したうちの一人が苦笑まじりに言うと、会場がドッと笑いに包まれた。
ハハハ、なかなかうまいこと言うじゃないか。
さては、いつか言おうと前から用意してたな?
昔は、俺もパッと気の利いたことを言えたんだが。すっかり反射神経が鈍っちまった。
……しっかし、イメージか。
自慢じゃないが、俺の想像力のなさには定評がある(妻のお墨付き)。
ふみかには、「相手の身になって考えてみたら」と何度も言われたものだ。
相手に共感する気持ちが薄いから、すごく薄情に見えると。
俺としては、決してそんなつもりはないのだが──結果として、そう見えてしまうことはあるのかもしれない。
だいたい、想像とか、共感しろと言われても、他人の考えていることなんてわからないんだから、しょうがないじゃないか。
自分と違う前提や価値観で動いてる人間の気持ちを察するなんて、俺のなけなしの“想像力”では、到底ムリだ。
言いたいことがあるのなら、口に出して言えよ。
ふみかとは、それが原因で、しょっちゅうケンカになった。
想像力がないと、他にも問題も起きる。
まず、映画や小説に感情移入出来なくなった。
学生のときは、映画好きの叔父に連れられて、映画館に行くこともあったが。
今じゃ気になった作品があっても、動画の配信サービスで映画を早送りして “ストーリーを確認するだけ”。
そんな見方で、面白く感じられるわけがない。
暇つぶしにスマホをいじるようになって、気がつけば通勤→会社→帰宅して寝る。そんな毎日の繰り返しだった。
これが延々と続く人生なんてゾッとする。こんな状態で、映画を楽しく観られると思うか?
登場人物の心情を想像して、一緒に泣いたり笑ったりなんてムリムリ。
主人公がピンチの場面で、サッと助けが入って拍手喝采──なーんてな。
「そんなに世の中甘くねえだろ」と、ついひねた見方をしてしまう。
正直、ここ数年は映画なんか観るくらいなら、少しでも寝ていたい毎日だった。
映画館に行っても確実に寝落ちするので、ふみかは俺と映画に行かなくなった。
地表にダンジョンができたとか、魔法が使えるようになったとか、フィクションの世界が現実化して、世の中が変わっていっても──俺には関係ない。
本当にそんな夢みたいなものがあるのなら、俺のこのクソみたいな現状をなんとかしてくれよと、叫びたくなる。
……そうは言っても、心のどこかで、“もしかしたら魔法が使えるようになるんじゃないか”なーんて思ってる自分もいる。
そのくせ、人前では“いい年して、魔法とか夢みたいなこと言ってんじゃないよ”なんて、大人ぶってみせるんだから──ハァ。
我ながら、面倒くさい人間だ。
俺は、自分にうんざりして、大きくため息をついた。
「資料の最後に、探索者用のスマートバンドの使い方が載っています。実物は、私の腕についているこのバンドです」
向井が上着の袖をめくって、バンドが見えるようにした。
ダンジョン素材を使って開発された最新式のスマートバンドで、腕に当てるだけで自動的にバンドが伸びて固定される。
おお、スッゴい。ハイテク機器じゃん。
「このバンドには、皆さんのDNAや血液といった生体データが記録されます。ダンジョン前のゲートに設置されたスキャナーを通ることで、本人認証が行われ、入退場の履歴や到達階層が自動的に記録されます。また、もしダンジョン内で『魔水』を発見した場合は、指定の容器に入れ、バンドに近づけてください。採取した階層、日時、そして持ち主の情報が記録されます」
向井はここで一呼吸置き、会場を見回しながら意味ありげに言った。
「念の為に言っておきますが──、今までにこのシステムをハッキング、もしくは偽造出来た者はいません。他人のバンドを使って入場したり、自分のバンドを他人に貸す行為は、探索者ライセンス取り消しに当たる行為になりますのでご注意ください」
うーん、この部屋にいる誰かをめっちゃくちゃ煽ってるような気がしたのは気のせい……じゃないよね。偽造出来るもんならやってみろってこと?
何やら、このシステムに絶対の自信があるらしいが。
わざわざ言うってことは、そういうことを試そうとする連中がいるってことなんだろうな。
「ダンジョンの中は、電波が通じないため、緊急時であっても外部と連絡を取ることが出来ません。つまり、ダンジョン内部で犯罪行為に巻き込まれたとしても、外に助けを求めることは出来ないと覚えておいてください。パーティーを組む際には、よくよく気を付けるように」
向井は、険しい表情を浮かべて話を続けた。
「誓約書にも書いてあった通り、万が一何かあっても、全て自己責任です。我々、深域管理機構は、ダンジョン内の安全を保証する機関ではありませんので」
初日はここまでです。