2025年5月15日(木)最強の武器
「さっそく試し打ちしてみようぜ。吉野さんに代わるか?」
俺がウキウキしながらそう言うと、真司がすぐに待ったをかけた。
「吉野さんの魔法だと、サーベリオンが一瞬で消し炭になるんじゃないか?」
「あー、その可能性はあるかもしれないな。だが、検証するなら前回と同じ条件のほうがいいだろ?」
「条件を揃えるのはムリだ。前回は魔法のステッキなしでゴブリンを倒しただろ? サーベリオンに至っては、途中でステッキが壊れたし」
「まあ、そうだな」
「それに、その杖──加工したとはいえ、100%魔石で出来た世界初の武器なんだ。魔石は、“魔力そのもの”だからな。相当火力が出るはずだ。危険すぎて検証出来ないぞ」
真司が眉をひそめる。
「じゃあ、最小火力から試してみたほうがよくないですか? 前に使ってた市販のステッキと比べて、どれだけ差が出るか確認したほうが安全です」
奥田くんが提案する。
「おそらく、市販のステッキと新しい杖では、魔法の通り易さが違うはずです。最小魔力といえども、かなりの差がつくと思いますよ」
「そうだな。じゃあ、検証方法の確認だ。……まず、ゴブリンの持っている魔力をINT10で計算する。魔力の量は“鑑定”でわかる。異生物は魔力で生きているから、持っている魔力──ゲームでいうところのMPとHPはイコールになっている」
「MPを使い果たせば死亡するってことですね」
「そうだ。魔法攻撃力(INT)は魔力量×放出率だ。吉野さんの放出率は、平常時の5.13倍だった。この数値が装備によって変わるかどうかの検証をしよう」
「んじゃあ、俺が魔法のステッキを買ってくるよ」
真司は奥田くんとゴブリン狩りをして待っているというので、俺は一旦ダンジョンから出て、ナンブの地下1階にあるダンジョンショップへ向かった。
前と同じステッキを買うつもりだったのに──
火と水が、売り切れ……!? 風も最後の1本!?
「土だけやたら余ってるが……なんでこんなに売れてるんだ? ただの雰囲気アイテムなのに」
どういうわけか、魔法のステッキは人気商品になっていた。
『そりゃ、気分が盛り上がればスキルが生えやすいかもしれないし。だったら、派手な魔法のほうが人気は出るでしょ』
「火の魔法ばっかり撃ってたら、ダンジョン内の酸素がなくなるんじゃないか?」
視線を彷徨わせると、棚に貼られたド派手なポスターが目についた。
かわいい女の子が、ステッキを持って魔法をぶっ放しているイラスト付きだ。
『これって、アタシじゃない?』
確かに、ヘアスタイルと顔つきが吉野さんに似てる。
深域管理機構は、スキルを取得した探索者について一切公表していない。
だが、ナンブでは“この商品”を使っているスゴい魔法使いがいるという噂は、どこからともなく広がりつつあった。
「これでアナタも魔法使い! 使用者急増中☆……だってよ。いつの間に流行ったんだよ。商魂たくましいな」
『アタシがスティックを使ってるところが、けっこう人に見られてたんじゃない? かわいい女の子が魔法をぶっ放してたら、そりゃマネされるでしょ』
「自分で“かわいい”って言うな。──っていうか、まさかのリアル地下アイドル化!?」
『テレビで納豆が体にいいって言われたら、次の日にはスーパーの棚が空になるのと同じね』
「こいつを使ってスキルが生える人が増えたら、吉野さんの顔写真がパッケージに貼られるぞ」
『ありそうー。でも、公認グッズにするなら使用料をもらわないと』
「しっかりしてるね」
とりあえず、ラスト1本だった風魔法のステッキを買ってダンジョンに戻った。
真司と奥田くんはゴブリン相手に無双していたので、すぐに見つけて合流出来た。
早速吉野さんに入れ替わって検証を始める。
「まずゴブリンと吉野さんの魔力量を比べてみよう」
真司がそう言いながら鑑定を発動させる。
「ゴブリンが魔力量10だとすると、吉野さんは……87.4だ。吉野さん、道具なしで最小魔力の魔法を撃ってみてくれ」
吉野さんが頷き、素手のまま軽く魔法を撃つ。
ゴブリンに500円玉サイズの穴が空き、そのまま灰になる。
「放出率が5.13で、使った魔力は1.95。INT約10だから、まあ計算通りだな。次は今買ってきた市販の魔法スティックで同じことをしてみてくれ」
吉野さんはスティックを持って、再び軽めの魔法を撃つ。
ちょうど2体連続でゴブリンが出てきたので、残り1体は奥田くんがハンマーで叩き潰した。
「放出率が5.72で、使った魔力は1.75。魔石の含有量が3%だから、妥当な数字だ。じゃあ、新しい杖でやってみよう」
吉野さんが正統派魔法使いの杖に持ち替える。
ほんの少し魔力を流しただけで、杖がふわりと光を帯び、派手なエフェクトが発生した。
手をふっと動かす程度の軽い動作だったが、ゴブリンは一瞬で灰になる。
「……なんか別格だな。放出率が……15っ!? 使った魔力はたったの0.67。さっきの半分以下かよ……同じ魔法とは思えないな」
「近くを飛んでるコバエを、こう……手で払ったくらいの感じでしたよ。“なんかいたかしら?”って。でも、簡単に魔法が出ちゃうから、うっかりやらかしそう」
吉野さんが新しい杖の使用感を口にした。
「ちょ、ちょっと待ってください。放出率が15って……吉野さんのINTはいくつになるんですかっ!?」
奥田くんが叫んだ。
「魔法攻撃力(INT)は魔力量×放出率だから、新しい杖を持ったときのINTは1311だな」
真司がスマホで計算する。
「ゴブリン131体を一撃で倒せる威力……。いや、これはあくまでも最小魔力から計算した期待値だけど……全然現実感がないですね」
奥田くんが呆然とする。
「奥田さんは、アタシがサーベリオンを倒したところを見てないもんね。前回ゴブリンの魔力を測り直したあとの基準でいうと、サーベリオンの魔力はいくつでしたっけ?」
吉野さんが真司に問いかける。
「最初はざっくり200くらいって言ってたが……、正しくは180だな」
真司が再計算する。
「だとすると、サーベリオン級でも同時に7体……いや、それ以上の相手にも通用するってことに……」
奥田くんは、両手を振りながら歩き回り、考えをまとめていた。
「……現実のレーザーだって、媒質の形状や反射率を調整して、特定の波長だけを共鳴させて出力を増幅しますよね。もし魔法もそれと似た構造を持つなら──」
彼は杖の表面をなぞる。
「同じ素材でも、削り出し方によって、魔力の通り道が整流される可能性があります。そして、ある閾値を超えた瞬間に“自己増幅”が起きる。そうなれば、出力は直線じゃなく──指数関数的に跳ね上がるはずです」
「つまり……形を変えるだけで、今まで“限界”だと思ってた100%が、それ以上に引き上げられるかもしれないってことか」
「おそらくですけど……。それに、杖そのものだけでなく、素材の管理も相当気をつけないとヤバイですよ」
「確かに。万が一盗まれでもしたら……」
真司と奥田くんは、顔色を変えて考え込んでしまったが、吉野さんだけは魔法の杖に見入っていた。
「この前、有田さんに連れてってもらった15層──あそこなら、全力でぶっ放しても誰にも迷惑かからないよね?」
そう言って杖を撫でる。
(相当広いフィールドだったからな。視野も開けてるし、他の探索者を巻き込むこともないだろ。ウルベアス狩りでひと儲けできるな)
「うーん、そういうんじゃなくて、単純に、空が割れるくらいドッカーーーン!!! って、魔法をぶっ放してみたいだけなんだよね。お金が絡むと、オジサンたちがウザい」
わかります。スカッとしたいのね。
若いっていいね。お金より夢とロマン。
でもお金も大事だから。
(その前に暴力団対策が必要だぞ。向こうは、縄張りを守るためならなんだってするだろうからな。正面切って絡んでこなくても、遠距離から攻撃されたり、地上に出たところを狙われる可能性もある)
圧倒的な力を手に入れたからって、何の対策もなしに突っ込むのは自殺行為だ。
吉野さんだって、わかっているとは思うが、いちおう声は掛けておく。
「だよね……。魔法が使えても、なんでも魔法で解決──ってわけにはいかないんだ」
吉野さんは複雑そうな顔をして呟いた。
(焦るな。必ず、吉野さんの好きだった魔法少女なんとかみたいに、活躍させてやるから)
「ふふふ、“魔法少女ひとみ”ね。楽しみにしてるわ」




