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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第四章

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2025年5月14日(水)それぞれのスキルを活かすなら

 事務所に戻って吉野さんと入れ替わった。


 俺は、吉野さんリクエストのアールグレイを入れて、ケーキを食べ始めた。


 味覚は共有されるので、吉野さんは自分で食べなくても満足出来るらしい。

 普段頭の中に引っ込んでいるだけに、何かを食べることより()()()好きなものを選べたということのほうが、ずっと嬉しかったようだ。


 いつも苦労を掛けてすまないね。


『おとっつぁん、それは言わない約束でしょ』

 すかさず、吉野さんの合いの手が入る。


(……吉野さん、だいぶ俺の考えることがわかってきたじゃないか)

『そりゃあ山村さんの頭の中に住んでますから』



「えっと、今は荘太郎か。人を鑑定する話だが──」

 コーヒーを飲みながら、真司が切り出す。


「単純に人の強さを判定するのは簡単だ」

「またゴブリンと比較するのか? アナタはゴブリンより1.5倍強いです、とか」

 俺はそう言いながら2つ目のケーキに手を伸ばす。


「そんな感じになるな」

「ゲームみたいに、STR、AGI、DEX、INTの4つを表示できないか?」

「STRとINTは判定出来たけど、AGI(敏捷性)やDEX(器用さ)はどうやって測るんだ。ゴブリンにダンスを覚えさせたり、反復横跳びでもさせるのか?」

「それはムリ」

「それに、ステータスを見たいって探索者が押しかけてきても面倒だな。俺一人でいちいち細かい鑑定なんかやってられないし」

「1回の鑑定料で100万くらい取ればいいんじゃね? 冷やかしは来ないだろ」

「まあ、面倒な仕事を避けたいなら、冗談抜きでそのくらいの鑑定料は必要だな」

 真司はスマホの電卓を叩きながら、妥当な金額を計算する。


「まず、一番重要なのは、俺たちの身の安全。事務所に来た客の犯罪歴のあるなしを見分けるとか、どの組織・会社に属してるとかは見ておきたい」

俺はケーキを食べ終わったタイミングで口を出す。


「いきなり通り魔的に襲いかかってくるヤツもいるかもしれないぞ」

「じゃあ、相手の精神状態も見るといいんじゃない?」

「名前、年齢、精神状態、病気の有無……。今は病院のカルテも電子化されてるから、病院のサーバーにアクセスすれば病歴も見れる」

「役所のサーバーから年金番号とか、納税額みたいな情報も拾えそうだな。紙で管理してる自治体が残っていなきゃ、だけど」

「探索者だったら所持スキルもわかるが、これは取り扱いが難しい」

「隠しておきたいスキルもあるからなー。それをデータベースにでもして公開したら、どこかのスパイ組織に消されそうだ」


 俺は、もう何個目かわからないケーキを口に入れる。口の中で甘さが渋滞して、何を食べてるのか判別できなくなってきた。


「確かに、自分の切り札を公にしたくない探索者は多いだろう。それに、ダンジョン資源から作られた物は、どれも特許で縛られていたり、企業秘密になっているものばかりだ。それが丸見えになると知られたら、どうなることやら」

 真司が顔をしかめる。


「産業スパイの世界か。世界中を敵に回しそうだ。鑑定を仕事に活かすのは、なかなか難しいな」

 俺は次のケーキに手を伸ばす。


「しばらくは、無難に美術品でも鑑定して食いつなぐか?」

「やりたくない仕事に手を出すのは、やめておけよ。せっかく自由を手に入れたのに。どこだっけ、高杉晋作の……えーっと、“面白きこともなき世を面白く”──みたいな感じの言葉を企業理念に掲げてた会社は」

「そのものズバリをうたった会社があるかどうかは知らないが、そういう精神で始めた会社ならあるな。ソニーとか。“俺たちはキッズだ”ってスローガンは有名だろ」

「会社創立の目的が、”自由闊達にして愉快なる理想工場の建設”だもんな。昭和の創業者って、面白いこと考えるよな」

「よく知ってるな」

「新卒のとき、大企業の社長が書いた本を片っ端から読んだんだよ。時代は違うけど、あの人たちは金儲けだけが目的じゃなかっただろ? 俺たちだってさ、小さいながらも創業者だ。だったら、自分たちが“面白い”と思えることをやろうぜ」

 俺はそう言ってフォークをフラフラさせながら、考えをまとめる。


「そうだなー、面白くて、人に感謝されそうな仕事はなんだ? 他の人には見えないけど、鑑定なら見える……、密室殺人の謎を解くとか」

「なんで突然そこに行き着くんだ。小学生探偵じゃあるまいし」

 真面目に俺の話を聞いていた真司が、呆れた顔になる。


「誰にも解けない謎が解けたら感謝されるだろ? あ、遺言を残さずに死んだ大富豪の金庫の番号とかは?」

「霊媒師を呼べ。本物の霊媒師かどうかの鑑定はしてやる」

「それは頼もしい」

「真面目に考えろって」

「けっこう真面目に考えたんだけどな。そういえば、会社の定款にはなんて書いたんだ? ここの会社の業務内容」

「ダンジョンに関する調査、研究およびコンサルティング」

「なるほど。鑑定のことは明記していないのか。会社のホームページとかSNSのアカウントは作らない?」

「広く宣伝する必要は感じないな」

 真司は否定的な声で言った。


「俺たちを探そうとしているのがどんな人間なのか、事前に知ることが出来るなら作っておく価値はあるぞ。ホームページの問い合わせを押したヤツのIPアドレスをたどるとか。政府系のアドレスから来ていたら、お役人が何かの理由でこっちに興味を持ってる証拠になるんじゃないか?」

「政府が絡んだ鑑定の必要な仕事か……。面倒なことになりそうだな」

 真司が難しそうな顔をした。


「……いや、意外と政府の仕事はいいかもしれない」

「は? なんで?」

「個人でセキュリティ対策をやるのは限度がある。だったら、あえて鑑定を売り込んで、その道のプロに守ってもらえばいいじゃないか」

「囲い込まれて、オマエの大好きな自由がなくなるかもしれないぞ」

「一箇所に頼ろうとすれば、そうなるかもな。だったら、複数に頼ればいいじゃないか。リスクは分散しないと。向こうが勝手に牽制し合ってくれれば解決だ」

「逆に、全方向から狙われることになるかもしれないぞ」

「まあまあ。今そんな心配をしたってしょうがないだろ? やってみて問題が起これば、また違うやり方を考えればいいんだよ。自分の会社なんだ。ダメだったら、いつでも変えられるんだから」


 俺は、ケーキ……さすがに胸焼けしてきた気がする。

 一度席を立って、口直しにコーヒーを入れた。


「だいたい、オマエ、会社の名称とかを決めるときは、パッパと片付けていったじゃないか」

「すぐ決められることをアレコレ迷うのはムダだが、長期的な戦略には時間を掛けるべきだろ」

「事前準備に時間を掛けすぎて、出遅れってパターンだってあるだろ。ダンジョン関連の企業は、生き馬の目を抜くような勢いで動いてるんだ。のんびりしてたら儲け損なうぞ」

「それはそうかもしれないが……」

 真司は戸惑うように言葉を切った。


「そういえば、真司が社長だったら、俺の役職は何になるんだ?」

「二人しかいないんだから、何でもいいぞ。課長でも、部長でも」

「それだと、あんまり面白くないなー。ポジション的には、参謀みたいな役職がいいんだよ……」

 俺は腕を組んで考える。


「あ、そうだ、専務ってよくない?」

「じゃあ、専務でオマエの名刺も作っておこう」

「やった。大出世じゃん。俺をクビにしたヤツより上の役職だぞ。クックック」

 少々……というか、かなり気分がよくなる。


「役職だけでなく、稼ぎでも勝てよ」

「もちろんそのつもりよ。法人化すれば、これまで溜め込んだ預り証を一気に換金出来るんだし。毎日10層まで往復するだけで、最低でも新卒の給料よりは稼げるはずだ。それより稼ぐには……」

「10層から下に行けるかどうか……か」

「それな。暴力団対策をどうするかなんだよ。稼げる場所をがっちり押さえられてるからなあ」


 俺がそう言うと、真司はしばらく考え込んだ。


「そもそも、暴力団が排除されない理由はなんだ? 警察が対応しそうなもんだが」

 真司が聞いてきた。


「一番の理由は法的根拠がないことじゃないか? 災害から5年経っても、いまだにダンジョンの中は、誰のものなのか決まってないんだ。この点は、国際的にもちゃんとした取り決めはないだろ?」

「確かに、出入り口は自国の領土であっても、その地下については、明確な取り決めはないな」

「決められないだろー、ダンジョンがない国だってあるし。そこで取れたものは全部自国で独占出来るなんて決めたら、戦争になるぞ」

「南極みたいな扱いだな。どの国のものでもない。誰も独占してはならない。研究と平和利用のために使う──みたいな紳士協定で、面倒をやり過ごしてるってところか」

「そうそう。要するに、ダンジョンって“法律が想定していない空間”なんだよ。例えば、私道で人をはねても、道路交通法は適用されないだろ?」

「不特定多数の人や車が通行するために作られた場所じゃないからな。事故っても“交通事故”にはならないから、警察も動かない。自分で証拠を集めて、民事で訴えるしかない」

「ダンジョンもそれと一緒。信号も歩道もない。そもそも“道”ですらない。ルールが最初から存在しない世界だから、警察も簡単には踏み込めないわけよ」

「なるほどな……」

 真司が納得したように頷いた。


「一応、自国民に危険が及んだときに、警察ないしは軍が武力をもって制圧するのはオッケーになってるぞ」

「だったら、他の探索者を脅迫している現場を押さえればいいんじゃないか?」

「それもムリだな。スキルを持ってるのは、正義の味方だけじゃないんだぜ。暴力団の中にも、攻撃スキルを持っているヤツはいる。それに警察の中にも内通者がいるんだろうな。摘発しようとすると、証拠も残さず、みんな逃げちまう」

「追い払っても、ほとぼりが冷めたらまた戻って来るイタチごっこか……」

「そういうこと」

「オマエ、ずいぶん詳しいな。勉強したのか?」

「俺も最初はなんにも知らなかったけど、さすがに調べたよ。自分の命が掛かってるからな」

「ダンジョンの中では、全て自己責任か……」

 真司は息を吐きながら小さく呟いた。


「さっき言ってた政府の仕事に鑑定の能力を活かすなら、まず暴力団対策だな。警察や深域管理機構に入り込んでる内通者を洗い出すだけで、探索業がやりやすくなる」

「なるほど……。そういえば、擬態って、誰にでもなれるんだよな?」

「俺を殺したヤツになら、たぶん誰にでもなれると思うよ」

「いっそのこと、暴力団員に擬態して内部から崩すってのはどうだ?」

「うわあ……それってとってもヤなアイデア。俺に銃撃戦に飛び込んで、チンピラになって帰ってこいっての? ものすごく痛そうなんだけど」

 最後のケーキを口に放り込みながら、俺は顔をしかめた。


 銃撃戦に飛び出すところだけなら、映画の名シーンと同じだが──。


「明日に向かって撃たれるガンマンか」

「専務だけどな」

「ヒーローの器じゃないんで、痛いのはカンベンしてくれ」

またしても、主人公の名前をミスった。もっと普通の漢字にしておけばよかった……

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