2025年5月14日(水)コスプレ……?
翌朝、真司は準備をしてくると行って先に出掛けたので、俺はナンブの1層でゴブリン相手に無双しながら真司が来るのを待った。
俺はともかく、真司は普通の人間だ。万が一の用心に、有田さんにもらった15層の魔水と、ちょっと魔法を使いすぎたとき用の保険に9層の魔水。その2種類を持ってきた。
間違って使ったらシャレにならないので、容器の真ん中に油性マジックで15と9と書いておいた。
そして、準備万端でダンジョンにやってきた真司の格好がスゴい。
「ターミネーター……いや、マトリックスか」
黒い防刃スーツの上に黒い防弾コート。腰のベルトにハンドガン、手にはライフルだ。
『スタイリッシュというか……カッコいい……』
「グラサンがあれば完璧だな。ネオをイメージしてるのか?」
「コスプレのつもりじゃなかったんだが……どちらかというとモーフィアスだ。グロック18が使いたかったんだよ。連射が出来るから」
そう言いながら、腰に下げたハンドガンを見せる。
「こだわるなあ」
「オマエのほうこそ、いい加減過ぎないか?」
今日は変装しないといけないが、特にコスプレするつもりはなかったので、俺のほうは野球帽と大きめのマスクで顔をカバーしただけだ。
『アタシだって、もっとかわいい衣装がいい。毎回、初心者装備ってどうなのよ』
(先立つものがないんだからしょうがないだろ? 換金できるようになったら、スゴい衣装を買うよ。ベヨネッタみたいなの)
『そっち方面じゃないわよ。セクハラジジイ』
(ジジイって言うな)
「顔を隠したいだけなんだから、銀行強盗がかぶるような、目のところに穴が空いたスキー帽のほうがよかったかな」
「それじゃ通報されるだろ。取りあえず、行けるところまで行ってみるか。吉野さんとの待ち合わせ時間には遅れないように」
「んじゃ、10層の入口まで行ってみよう。昼メシはどうする?」
「携帯食なら二人分持ってきた。ミリ飯ってやつだ」
「マジで戦争に行くみたいな雰囲気だな。俺一人のときは、一旦地上に戻るか、コンビニ弁当なんだが」
「ロマンは大事だろ?」
そして、ロマン派の真司の腕前はなかなかのものだ。
ダンジョン内の通路は入り組んでいるが、直線で120メートル先にいるゴブリンの頭なら撃ち抜ける。
「やるじゃん。オリンピックに出られるんじゃないの? クレー射撃とか。それともスナイパーに転向するか?」
「スキルが生えた探索者は、オリンピックに出られないぞ。それに狩猟用とスナイパーライフルは、全然別モノだ。ゴルゴ13のマネは出来ないな」
「へー、そうなんだ。まあ確かに、探索者が出たら世界新が出まくるか……。ライフルの音も、思ったよりうるさくなかった。吉野さんの竜巻みたいな魔法だと、雷が落ちたような音がするから耳を塞ぎたくなるよ」
「マジか。ダンジョンの通路は狭いが、天井のほうまで空間が広がってるからな。そこまで反響音はひどくない。密閉空間で銃を撃ったら鼓膜が破れるぞ」
「お気に入りの、そのハンドガンはどうやって使うんだ?」
「コイツは、フルオートとセミオートの切り替えが出来る。フルオートだと、こんな感じ」
そう言うと、真司は飛び出してきたゴブリンに銃を向けた。
タタタン、タンタン、という発射音がしてゴブリンが吹き飛んだ。
「サブマシンガンみたいな感じ? 俺のパルスレーザーと似たようなもんか」
「パルスレーザーだとどうなるんだ?」
真司に聞かれたので、俺も実演してみせた。
チュンチュン、チュチューンとSFチックな音を出しながら飛んだレーザー光線が、ゴブリンを穴だらけにした。
「魔法が飛んでいくところだけ見たらSF映画みたいだな」
「基本、俺の魔法は、吉野さんに比べたら静かなもんだ。例の網目も再現できるぞ。見るか?」
「それはやめておく」
ダンジョンに、レーザー光線とライフルの音が響く。
気分だけなら、ブッチとサンダンスか。
「真司、コレ撃てるか?」
俺はそう言いながら財布から10円玉を取り出す。
「投げたコインを撃ち抜けってか? まるで西部劇だな」
真司が呆れたように言う。
「いいじゃん。地上だったら絶対出来ないお遊びだけど、ここだったらノープロブレム」
「オマエな……いくらダンジョンの中だからって、それは危ないだろ。天井や壁に当たって跳弾することだってあるし、見えない場所に誰かいたらどうするんだ」
「それだよ、それ。オマエの常識っぽい考え方。地上と同じ考え方をしていると死ぬぞ。特に日本人は、相手に銃を向けられても、ホントに撃ってくると思わないんだよ。そこに一瞬のスキができる」
俺は真司に向かって指を突きつけ、引き金を引くフリをした。
「なるほど、危機意識の欠如か……」
「そう、俺たちは、警官が銃を持った凶悪犯に向かって発砲したら、マスコミに非難されるような国に生きてる。染み付いた常識は、ダンジョンの中じゃ命取りになるぞ」
「アメリカだったら、銃を持っていなくても、ポケットに手を入れようとしただけで射殺だな」
「そういうこと。ここにいる間は、自分の常識を捨てろ」
「……イエッサー。ダンジョンでの滞在時間は、オマエのほうが長いからな。んじゃ、投げてみろ」
真司は頷きながら言った。
俺は通路の上に向かって、緩めに硬貨を放り投げた。
真司は素早く腰のハンドガンを抜いて連射する。
タタタッという発射音に混じって、硬貨に弾が当たる“カンッ”という金属音が響いた。
弾かれた硬貨は通路の壁に当たり、転がるように床に落ちた。
「連射するのはズルだろー」
「しょうがないだろ、ゆっくり狙ってるヒマがないんだから。そう言うなら、今度はオマエがやってみろ。連射ナシでだぞ」
そう言われたら外せない。
俺は、真司が放り投げた硬貨を真剣に目で追う。
ステッキを銃のように構え、意識を一点に集中する。
体から陽炎のように魔力が立ち上り、視界が研ぎ澄まされていく感覚があった。
落下してくる硬貨──。
狙いを定め、すかさずレーザー光線を放った。
お、ホントに当たった。
放物線を描いたままストンと地面に落ちた硬貨を拾い上げると、端がキレイに削り取られていた。
縁が変色していて、まだ熱い。
「クッソ。なんで当たるんだよ。撃ちながら軌道を変えたのか?」
「レーザー光線が途中で曲がるかよ。俺にも隠れた才能があったんだろ。フッフッフ」
『まぐれでしょ』
(それは秘密だ)
その後も西部劇ごっこに興じているうちに、5層のサーベリオンのところまで来た。
「さて、アイツをどうするか」
「ライフルで倒せるか試してみるか? 吉野さんに防御魔法を張ってもらえば、倒せなかったとしても問題ないぞ」
「そうするか」
「んじゃ、吉野さんと交代するよ」
俺は意識の主導権を吉野さんに譲って奥に引っ込んだ。
「……はい。呼ばれて出てきました、吉野です。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね。そういえば、面と向かって話すのは初めてか」
「そうですね」
「同じ姿なのに、入れ替わるとやっぱり雰囲気が違うな」
真司は少し戸惑ったように言った。
(そうかな? でも、完璧に吉野さんをマネしようと思ったらできるぞ、たぶん)
『それはそれで、成人男性としてどうなの?』
「あのー、サーベリオンを倒す前に聞いておきたかったんですけど。真司さんは鑑定で電波とかいろいろ見えるんなら、異生物のステータスみたいなものも見えるんですか?」
(あ、それは俺も聞いておきたい)
『でしょ?』
「ステータスか……。普通に見るだけだと名前くらいだけど」
「意識して見たら、もっと詳しく見えますか?」
真司はサーベリオンを見ながら、何かをじっと見定めるように目線を動かし始めた。
「スマホに、世界深淵管理局(GAMA)の公開してるデータをダウンロードしてきたんだ。GAMAが決めた正式名称と参照出来るな。あと……、名前の下に、なんかゲージみたいなやつ? ゲーセンの格闘ゲームにある赤いバーみたいなのがある。攻撃すれば、このゲージが減っていくんだろうな」
「数字じゃないんだ。STRとか、INTはいくつ、みたいな表示になりません?」
「んー、比較対象がないと、数値で強さは表せないんじゃないかな」
「相対評価かー。じゃあ、ゴブリン何体分、みたいな表示にできますか?」
「ちょっと待て──」
そう言うと、真司はスマホの電卓で計算し始めた。
「……サーベリオンの強さは、ゴブリン20体分だな。この場にゴブリンがいないから大体だけど」
「アタシのSTRはいくつに見えます?」
「コブリンのSTRを10と仮定すると、吉野さんは7、サーベリオンは200ってところか。かなり強いな」
「アタシ、ゴブリンより弱い……」
(ドンマイ)
「あくまでも、物理攻撃力だからね。魔法の強さは、物理攻撃しかしてこないゴブリンだと比較対象にならないし、ちょっとわからないな」
真司は困ったような顔をした。
「魔力の量で比較するのはどうですか? ゴブリンは、たいして魔力がないけど、サーベリオンは、結構多いですよ。それをアタシと比較してみれば魔法攻撃力がわかりませんか?」
「ふむ、そうだな……。魔力はダンジョンに漂っていて、人間もダンジョンで行動しているうちにそれが体内に溜まっていく。異生物は、生きるのに魔力を必要とするから、魔力量=異生物の生命力と言える」
「そうですね」
「その魔力量を判定することは出来るけど、それでわかるのは、ゲームでいうMPの大きさだけだね」
「それじゃ、あんまり意味ないか……」
「──でも、魔法を使うとき、体内だけでなく、周囲からも魔力を集めてるだろ? 魔力をどれだけ集めるかで、魔法の威力は大きく変わる。だから、魔法攻撃力は魔力量×最終的な放出率で測れるんじゃないかな」
「アタシの平常時の魔力量と、フルパワーで攻撃するところを見てもらって、それを比較して計算すればいいってことですね」
「そういうこと。面白そうだな。さっそく実験してみよう」




