2025年5月13日(火)一時保存と解凍
家に帰って、二人で晩メシの用意をした。
俺は、残りのカレーをドリアにアレンジ。
真司は、ロメインレタスで小洒落たカフェにありそうなサラダを作った。
「変わった葉っぱだな」
サラダをつつきながら言う。
「葉っぱとか言うな。普通のレタスはすぐにしなっとするけど、これは歯ごたえがあって好きなんだよ」
真司が粉チーズを振りながら言った。
食べ終わると、順番で風呂に入り、リビングで本日の上映会を始める。
「明日真司とダンジョンに入るなら、何の映画を見るべきか……」
俺がそう言うと、真司はコマンドーを選んだ。
「今さらそれを見るのか?」
「ダンジョンに行く前に見ておきたい。死にかけたときに、やっぱりあのときもう一度見ておきたかったと思いたくない」
「ヘンなフラグが立ちそうな言い方はやめてくれ……。コレを見るのは小学校以来だよ。オマエは何回も見たのか?」
「いや、地上波で放送されたときに数回見ただけだ」
「お気に入りじゃなかったのか?」
「最初に見たときのインパクトが強かったんだよ。なにしろ、ターミネーターが人間のフリしてるんだぜ」
「オマエ、その認識はちょっと間違ってるぞ」
「子どものときは、そう見えたって話だよ。見た目からしてマーベルの超人みたいだし、やってることはターミネーターのまんまじゃん」
「確かに……映画の中でも外でも無敵な感じだよな。男としては憧れる気持ちはわかる」
俺は頷いた。
『だったら、山村さんも、誰かに殺されそうになったら、I'll be back.って言ったらいいんじゃない?』
(そこだけマネしても、カッコよくはないと思うよ?)
『それとも、I'll be back.と言いながらスライムに変身するとか……』
(シュールすぎる)
ほぼ四半世紀ぶりに見たコマンドーは、最近の映画と比べるとずいぶん筋立てが読みやすい。
なので、お互いの感想は
「こんな映画だったか?」
というものだった。
「なんか戦隊モノみたいだな。CGがないから、手作り感があるというか。ナイフで刺されたときに、やられたほうが落とさないように手で押さえないといけないし」
ホワイトサワーを飲みながら俺が言う。
「子どもの頃に見たときは、もっと無茶苦茶やってると思ったが、今見ると、普通に手順を考えて襲撃してるな」
真司はハイボールを飲みながら言った。
「あと、大人になった今だから気がついたことがある」
「何だ?」
真面目な顔で切り出した真司に対し、俺はつまみのピスタチオを口に運びながら尋ねた。
「モーテルで乱闘になって、壁をぶち壊して隣の部屋になだれ込むだろ?」
「ちょっとしたお色気シーンな」
「ベッドの上より、ベッドの横に目が行くんだよ」
何をしているかより、どのようにしているかが気になったわけか。
「なるほどー。実は、俺もベッドの上を見てから横を見た。この監督、なかなか遊び心があるじゃないかと思ったぞ。確かに小学生じゃ気がつかないな」
「オレは、両方いっぺんに目に入った。大人になったから幅広い視野を持つことが出来たのか……、あるいは目にした情報を処理する能力が上がったせいか。アレがなくても成立するシーンなのに、あえてその小道具を置くことで、ストーリーが単調にならないっていうかさ……」
真司は2杯目のハイボールを作り始めた。
大人ってスゴいねと、二人で頷き合う。
『なんなの、この人たち……。真面目に分析しているふりして、内容がゲスい。真司さんまで……。二人とも酔ってない?』
「おっと失礼、吉野さん。今日は飲みすぎないように気をつけるから大丈夫。それに、ほら、アクション映画にお色気はつきものだからさ」
でも、セクハラ発言には気をつけよう。
「ホラー映画で、イチャついてるカップルが最初に殺されるくらいのお約束だよな」
真司が同意する。
「そうそう。あと、この時代の映画にしてはヒロインが強いよな。キャアキャア言いながら、実はパワフルなところがいいね」
「そういえば、昔、この子役の子が好きだったなー。泣いてばかりいないで、ちゃんと自分でどうにかしようとするだろ?」
「そうだな。それに、この映画の中で一番演技がうまいんじゃないか?」
「そうなんだよ。光ってるだろ、この子」
真司が何度も頷く。
「オマエの理想の女性像って、このへんからきてるんじゃないの? バイオハザードやトゥームレイダーに出てくるヒロインって、全部、自分で銃を持って戦う女じゃん」
「言われてみれば……そうかな」
「そうだよー。オマエの理想の女は、銃をぶっぱなす肉食系女子。だから、オマエが嫁に選んだ女が、あちこちの男を食い散らかしても仕方がない。そういうことだ」
「なるほど、そこに行き着くのか……納得した」
『それで納得しちゃうんだ』
吉野さんが愕然とした声で言った。
いいんだよ。本人が納得すれば。
「ちょっとイメージと違う映画だったな。もう一本なんか見るか?」
オレが提案する。
「そうだな……このままダンジョンに行くと、銃を乱射しそうだ。今度は真面目なアクション映画にしよう。一発必中。ライフルを扱う映画といえばなんだ?」
「アメリカン・スナイパー……は長いな。山猫は眠らない、シリーズ10まで続いてる人気作だ」
「それだ。パート1を見よう。シリーズ物は、最初の話が一番いい」
ホラー映画の冒頭に出てくるカップルと同じく、戦争をテーマにした映画には、フィアンセのいる若い兵士が出てくる。
「フィアンセがいるって言ったら何かが起こるフラグ。あれって、いつから定番になったんだろうな」
「オレにもオマエにもフィアンセはいない。明日は死なないから安心しろ」
真司が力強く言い切った。
「そんなハッキリ言われても……。そういう安心のしかたって、さみしいもんだよな……」
「そういえば、オマエのほうこそ、奥さんとはどうなってるんだ?」
「今、その話題にいく? どうなってるんだって言っても……、どうにもなってないよ。この姿だし」
「そうか……、今の状態じゃ、会って話をするわけにもいかないな」
「もとの体に戻れない限り、会えないだろ」
「離婚届を出すだけなら、代理人でも出せるぞ。本人確認はされるから、オレが代わりに出してきてもいい」
「離婚か……。そういえばダンナが死んだら住宅ローンがチャラになる保険に入ってたと思うんだけど、俺って、人間としては死んだことになるなら使えるんじゃないの? 旦死ん保険」
「妙な当て字をするな。団体信用生命保険──、団信だ。オマエはダンジョンに出入りしてる記録が残ってるからな。姿はみせなくても、公式には生きていることになる。保険は使えないだろうな」
「なんだ、そうか。ローンがチャラになったら、ふみかに家を譲って、俺は事務所で寝泊まりしてもいいかと思ったんだが」
「ふむ。嫁をバツイチにするよりは、未亡人にするアイデアか」
「未亡人……いいね~。バツイチもさ、バツがひとつやふたつだと傷モノっぽいけど、5つぐらいついてりゃ魔性の女だよな。撃墜王みたいな」
「撃墜王か。落とされてみたいな……」
真司が呟く。
「真司。やっぱり、オマエ……」
『何の話よ。そういえば、山村さん、次に娘さんと面会するときはどうするの?』
「あ……面会か」
それがあったか。
「どうしよう。月に2回、娘と会う約束をしてるんだよ。前回は、結果としてすっぽかすことになったんだけど」
「今度の面会日はいつだ?」
「今週の土曜日」
「明日は水曜か。もう日がないな。オマエのスキルでなんとかならないのか?」
「それができれば、とっくにやってるって。可能性としては、吉野さんの姿に擬態しているのを解いたら、元の姿になるんじゃないか、と考えたんだけど……」
少し言い淀む。
「考えたなら、試してみればいいじゃないか」
「擬態を解いたら、吉野さんの存在そのものが消えるんじゃないかと思って、試してないんだ──」
そこまで言って、俺はあることを思い出した。
「そうだ、吉野さん。図鑑の“擬態”を押したら詳細は見られない?」
そういえば、図鑑スキルが成長して、スキルの詳細がわかるようになっていたはずだ。
「風魔法のことばっかり考えてて、擬態のことを忘れてた。スキルの詳細を見ればわかるんじゃないのかな」
『ちょっと待ってね。えっと……最近増えた派生スキルの説明は出るけど、擬態の説明は出ないわね』
「マジか。詳細がわからなきゃ使いこなせないだろうが。ほんと、不親切な仕様だな」
俺は悪態をつく。
『山村さんって、説明書とかマニュアルをちゃんと読まないタイプだし。もしかして、スキルが使用者の性格を見て、情報の出し方を変えてるのかもよ』
「……検索履歴を見て広告を出してくる通販サイトみたいだな。余計なお世話だっつうの」
だが、否定できないのがつらい。
「細かいことは後回しで、使ってれば何とかなる──ってノリでやってたからな。確かに、スキルは“俺が思った通りに”育ってるよ」
自業自得とはいえ、少し愚痴っぽくなる。
「コラコラ、二人で話を進めるな。ちょっと確認だが、オマエの中の吉野さんは、スキルで生まれた存在なんだろ?」
「そうだよ」
「ということは、オマエの存在そのものに紐付いてるんだから、消えてなくなるってことはないんじゃないか?」
「派生スキルを増やして、一時保存することはできると思う。でも、そのあとのことまではわからない。うかつに試せないだろ?」
「一時保存できるなら、解凍も出来るだろ?」
「絶対にこうすれば解凍できるってイメージが湧かないと試せないよ。今の段階ではそれは断言できない」
「だが、このままってわけにはいかないぞ」
「デスヨネー」
しばらく沈黙が続いたが、吉野さんが口を開いた。
『一時保存できるなら、擬態を解いてもいいわよ』
「吉野さん……。でも、そうしたらいつ復活できるかわからないよ? その場で復活できるかもしれないけど、もしかしたら……数週間とか、へたしたら何ヶ月も」
『何の進展もないままっていうのもイヤなのよ』
吉野さんが反論する。
「でもなあ……」
俺としては、確証もないのに、吉野さんを危険にさらすことに抵抗がある。
『それに、また次の面会で山村さんに振り回されるのはゴメンだわ』
吉野さんがイヤそうな声を出した。
「それを言われると……言い返せないな」
前回ふみかに会ったときのドタバタを思い返すと、平謝りするしかない。
「擬態を解いたときに考えられるデメリットは、吉野さんの安否だけか?」
真司が尋ねてきた。
「擬態はいつでも解除できるだろうが、もとの俺に戻るのか、スライムになるのかわからない。地上では、スライムになった時点で即死だ。異生物は魔力のない場所では生きられないからな。もう一度擬態するには魔力がいるから、やるならダンジョンの中で試す必要がある」
「なるほど。──スライムになったままになる可能性もあるのか?」
「それも……なくはないな。その場合、ホンモノの吉野さんに倒してもらえば、また吉野さんにはなれる。でも、そうすると……中身が違う“別の吉野さん”になるかもしれない。今までの記憶とかやりとりが残ってなかったらどうすんだよ」
「それを言い出したら切りがないな。そこはオマエが自分のスキルでなんとかしろ」
「なんとかって、どうするんだ?」
「保険を掛けるんだよ。派生スキルはどうにでもなるんだろ? オレに散々やらせたじゃないか。同一人物に倒されたら、一時保存した人格を呼び出すってスキルを増やせばいいだろ」
「!! おお、その手があったかっ! スッゲーな真司。よくぞ思いついた!」
俺は思わず膝を打った。
「本物の吉野さんの都合を聞いてくれ。一緒に立ち会ってもらって、なるべく早く試してみよう」
「了解。すぐ連絡するわ」
俺はそう言うとスマホを取り出し、吉野さんにメッセージを送った。
吉野さんからはすぐに返事がきた。
「明日、学校が終わったらサークルの連中とナンブに来るそうだ。それが終わったら合流できるっていうから、えーっと、19時にゲート前で待ち合わせしておくか」
「オレが一緒にいるって、ちゃんと言っておけよ」
「了解」
「……よく考えたら、同じ顔をした子と待ち合わせするのか。混乱しそうだな」
「そうか、こっちは変装していったほうがいいな。サークルの連中に見つかると面倒なことになりそうだし」
「そうしてくれ」




